メキシコ料理の店 ラ・カシータ/Restaourante La Casita Cocina Mexicana

オーナーシェフのコラム

第2章

恩師との出会い、そして現地修業での収穫

その店はメキシコ市の最高級住宅街のど真ん中に広大な邸宅仕様で居を構えていた。100坪ほどの厨房の中央にガラス張りの料理長室があり、そこに通された私にSr.PONTI(総料理長)は「何がしたいんだ。」と質問をしてきた。どうしても本物のメキシコ料理が覚えたい気持ちを伝えると、「明日から働いてみるか」と許諾してくれたのである。天にも昇る心境だった。後に知ることになるが、約2000人もの客を収容出来るこの店はイタリア人のシェフを筆頭にメキシコ人、スペイン人、ドイツ人のシェフ達を配しており、メキシコ政府をはじめ、各国の大統領や閣僚、経済界の重鎮達が利用する名店だった。明くる日、感動に打ち震えながら厨房に降り立った私が周りを見渡してみると、日本では見たことの無い唐辛子類や野菜類の調理が展開されており、バラエティ豊かなメキシコ料理に魅せられた私は、大いなる決意の第一歩を自覚しながら仕事に従事する日々が過ぎていった。半年も経った頃、総料理長から「君が希望しているのは本来のメキシコ料理だね、インターナショナルなメニュー構成のこの店より、メキシコ伝統料理の店に行きなさい。」と告げられ、有り難いことに何と推薦状まで頂いて別の店に向かうことになる。

メキシコ伝統料理の最高峰、「MESON DEL CABALLO BAYO」はメキシコ市の北西部、大統領官邸の側に位置し、約1200人を収容出来る名店だった。今にして思えば、このレストランと料理長のSr.Gabrielとの出会いは正に、私の生涯を決定づける瞬間だったに違いない。現在、メキシコ市で5軒の店を運営するロレード・レストラン・グループの総料理長として指揮を取る彼も、当時はメキシコ料理界の新進気鋭の若手シェフの中でメキシコ各州の伝統的な味を守りながら、毎月変わる数々の特別メニューに新しい工夫を取り入れる研究熱心な仕事人だった。日本人が私一人だったせいなのか、半ばゲスト扱いで仕事に就かせてくれた彼は、前菜、スープ、肉類や魚介の一品料理、デザート等の郷土料理にその余りある情熱を注ぎ込む姿を連日、東洋から来た若者に惜しむ事無く曝(さら)け出すことで、地域に伝承される料理の真髄を教え込んでくれたのである。そんな彼との恵まれた時間が2年も過ぎた頃、この奥深い正統派メキシコ料理の現実を日本の誰かに伝えたい、出来ることを教えたいと心の中いっぱいになった想いで一度帰国を決意することになる。