メキシコ料理の店 ラ・カシータ/Restaourante La Casita Cocina Mexicana

オーナーシェフのコラム

第8章

日本人の、メキシコ料理とTEXMEXの解釈

フランス料理やイタリア料理等に比べて表現者が断然数少ないメキシコ料理の分野において、一般の方々の認識の乏しさは致し方無いとしても、料理を提供する側に余りにも大きな誤解や勘違いがある。例えば、ナチョス、ブリトー、チリ・コン・カン、スパイシーな挽肉にトマト、チーズ、レタスをからめたハードシェルのタコス等、メキシコ本国には無い物ばかりである。

これらはアメリカ国内におけるTEX-MEXの食文化に形成された彼ら好みの産物に他ならない。ましてやサルサ&チップスの提供のされ方も本国には存在しない。戦後、アメリカを世界の基準として文化や生活体系を教えられた歴史を顧(かえり)みると、我国におけるメキシコ料理の出現は昭和35年のトリオ・ロス・パンチョスの来日によるラテン音楽ブームに端を発する。英語の歌を聞き慣れた日本人にとってスペイン語で歌われる歌詞は新鮮で、プロもアマもカバーする演奏者が一躍急増した。そんな彼らが出演する都市部のナイトクラブやライブハウスでメキシコの歌に似合うのはメキシコ料理だと英語の料理本を訳して提供し始めたのが最初である。約50年の歳月になるが、当初入り口を間違った所に根深いものがある。

TEX-MEXの成り立ちを考慮してみると、ちょうど日本の中華料理の食文化に準(なぞら)えることができる。およそ100年余の期間に培われた我国の中華料理は様々な献立が考案され、現在全国の街角に無数の料理店が点在している。そこで提供されているラーメン(中華そば)や四川炒飯や中華丼、焼き餃子の形態等本国には無いものばかりである。勿論、横浜や神戸の中華街、全国の専門店には北京、広東、四川、上海等の地域性豊かな特徴と共に、数多くの前菜やスープ、肉類や魚介の一品料理、デザートに至るまで揃っているのは周知の事実なのだが、やはり私たちにとって身近な中華は前述のメニュー構成であろう。それぞれの国における外国料理の道筋は、その国の国民が好む食の普遍性に基づいて根付いていくものと解釈できる。米や麺が主食の日本人には必然的に中華のテイストを取り入れる形に創作されていったのである。カレーやポークカツレツが、カレーうどんやカツ丼に定着したように...。

移民の国アメリカでは、揚げ春巻きのようなチミチャンガ、ラザニアのようなエンチラーダは中国系やイタリア系の州で考案されたと推測できる。余談になるが沖縄発祥のタコライスもメキシコ料理だと勘違いされている。