メキシコ料理の店 ラ・カシータ/Restaourante La Casita Cocina Mexicana

オーナーシェフのコラム

第9章

伝説の料理番組。「料理の鉄人」への出演

俄(にわか)には信じる事は出来なかった。突然の電話の第一声は「こちら料理の鉄人の番組の者ですが...」というものだった。後日、訪ねて来られたディレクターは「是非、挑戦者としてメキシコ料理を披露して頂きたい。」と持ちかけてきたのである。

正直、困惑していた。現在の場所に移転して10年余、「チューボーですよ」をはじめ、「どっちの料理ショー」、「愛の貧乏脱出計画」等、数々の料理番組のロケを経験させて頂いたが、この番組だけはまさか?という思いだった。選りすぐりの調理人達が限られた時間の中で真剣勝負を戦う、最高峰の大舞台。料理界の横綱(鉄人)に果たして自分が挑めるのか? 緊張と不安が身体を取り巻いていた。それぞれの立場上、断る方もいるらしいが、出演を決意させたのはメキシコ料理普及への使命感であった。勝ち負けにこだわるよりも、辛口揃いの審査員達に「メキシコ料理は美味しい!」とコメントしてもらえれば、全国ネットで知られるチャンスである。当時はイタリア料理の大ブームの最中。和食や中華の鉄人達よりも、イタリアンの鉄人と戦わせてもらえるなら...とお願いしたらOKが出た。

迎えた収録の朝、局に向かう車の中で「普段通りやればいい...」と何度も自分に言い聞かせていた。持参していいのは包丁とコック服だけ、キッチンスタジアムにある食材を使って、全て最初から手作りでスタートするルールは、これまでに体験した事の無い過酷な条件であった。

服部調理師学校の師範2人を助手に紹介された後、リハーサルも無くすぐに収録は始まった。カメラが回り始めたらどんなアクシデントがあっても1時間のタイムリミットの中でやり遂げなければいけない。まるでリングに上げられた格闘家の心境であった。与えられた題材は「マンゴー」。難しいとは感じたがやるしかない。初めての場所ではあるが、自分の厨房だと思い込むことで落ち着きを取り戻していた。指示を徹底しても慣れない助手達に2~3件失敗はあったが、終了1分前に何とか6品出来上がった。ミスを誘うのも制作側の狙い通りだったのだろう。評価点数は味が10点、創作性が5点、盛り付けが5点である。相手はイタリアンの鉄人、後者2つは1点ずつ追いつかなくても味の評価は同等に戦いたい。そんな思いで審査の結果を待った。

岸朝子先生、加納典明さんら5人の点数は18点。身体の中に安堵感が満ち溢れたが、鉄人は何と20点満点を獲得したのである。後に鉄人(神戸勝彦氏)から「最高の戦いだった。」と連絡を頂いた。