メキシコ料理の店 ラ・カシータ/Restaourante La Casita Cocina Mexicana

オーナーシェフのコラム

第12章

本物のメキシコ料理だと認めてくれた外国人

7年程前の週末の午後の事、英国風の上品なスーツを身に付けた、いかにも上流階級を思わせるアメリカ人数人が来店した。側には格闘家のボブ・サップに似た屈強なボディガードまでついている。いったい何者だろう? 様子を伺いながら注文を取り始めると、リーダーらしき男から「料理の鉄人の番組を見た、君の料理が食べたくて来た。」と挨拶された。そういえば、Iron Chef(アイアン・シェフ)のタイトルで米国全土で大ヒットしているという噂を聞いたことがあった。お薦めの料理ということで前菜から一品を順に提供している間、彼らは上機嫌で口々に「美味しい!」と声をあげていた。精算時、名刺を交換して驚いた。そこにはロス・アンジェルス、ディズニーランド、副社長と肩書きがあった。聞けば、東京ディズニーランドの調印式があって3日間来日したが、ここにはどうしても来たかったと話してくれたのである。忙しいスケジュールの中、来店してくれた事にお礼を言うと、全て美味しかったと褒めてくれた上、ミッキーマウスのネクタイピンまで頂いた。約500人もの挑戦者が挑(いど)む番組なのに米国人にとってはメキシコ料理が一番身近で、私が印象に残ったらしい。

それからは西海岸だけで無く、ボストンやニューヨーク、シカゴ、南部等から数多くの人々が来店してくれたが、中でも感慨深いエピソードはヒューストンでメキシコ料理のチェーン店を営むメキシコ人が訪ねて来た時の事である。娘と共に日本観光に訪れた彼は、京都、奈良を巡る中で東京滞在はたった2日。その両日ともラ・カシータで食事をしながら話し込んでくれた。自分も異国の地でメキシコ料理の美味しさを普及させようと頑張っているが、日本人である私がメキシコ料理の真髄を表現している姿を番組に見た、どうしても逢いたかったと…。

忠実に再現された献立は彼の心を打つだけでなく、店内にいた何組もの日本人の客達が満ち足りた幸せそうな表情で食事をする光景が余程嬉しかったのか、目に涙を溜めていた。プレゼントされたメキシコのCDには称賛と励ましの言葉がスペイン語で書きなぐられていて、今も大切にしている。「料理の鉄人」の影響度も然ることながら、料理と云う媒体を通じてまるで歌のように人々の胸に響く出来事の数々を思うと、料理人冥利に尽きるだけで無く、つくづくこの仕事を選んで良かったなと実感している。