メキシコ料理の店 ラ・カシータ/Restaourante La Casita Cocina Mexicana

オーナーシェフのコラム

第13章

親の愛情から成り立つメキシコ料理

メキシコの本国における料理場の成り立ちは実に興味深いものがある。それは伝統料理を提供する殆どのレストランの要の部署を女性達が占めている実情である。トルティージャの焼き場やスープ類、各種アントヒートス(伝承惣菜)の料理部門など全て婦人達がまかされている。 我国の調理場は大体男性中心に構成されているが、メキシコ人の食に対する意識は家庭を基本とした「おふくろの味」から成り立っているものと推察される。生命の糧であるトルティージャと種々の献立を組み立てる味に関しては、女性が絶対的な信頼と尊敬の念を抱かれて仕事に従事している姿が各所にある。古来から現代に至るまでのメキシコ料理を支えてきた、神からの奇跡の贈り物であるとうもろこしを慈しみ、正に「母なる大地の恵み」を大事に育て上げてきたこの国の食文化は、近代文化に翻弄された日本の我々が失いつつある、食の原点を教えられる感がある。タコスに代表される幾つものアントヒートスが構築する独創的な着想の料理の数々は、美味しいものを常に供したい母親の愛情が基本となった、多大なる信頼に伝承された礎(いしずえ)の歴史といえるだろう。惣菜も含めて、トルティージャやマサ(生地)を主体に作られるアントヒートスの意味が「欲しくてたまらないもの」と訳されるのも、母と子供の生活に根差した純朴な食の要求が動機となって浸透したものと考えられる。

修業時代に印象的な出来事がある。1975年春の頃、我が師であるSR. GABRIELがいつものように月変わりの特別メニューの献立を皆に発表し始めた時の事だった。中の一品に「SOPA DE JAIBA WATANABE」(渡辺のカニのスープ)とあった。驚いた。尋ねると、「お前のイメージで料理を作ってみたんだ」とあっさりと答えてくれた。それまでがむしゃらにノートをとり、何でもコピーして覚えればいいと考えていた私に、メキシコ人のテイストを理解すれば、料理にはあらゆる可能性があり、無限に広がっていくものだと気付かせてくれたのである。それは家庭料理における食材を愛おしみ、子供の喜ぶ顔が見たい母親の気持ちに通じるものだと実感した。伝統料理の最高峰のレストランであるが故では無く、彼を始め、厨房全員が温かい心で調理するからこそ何十年も絶賛され続けているのだと・・・。

2年前、弟子の一人が彼の元で教えを受ける機会があった。厨房を実体験した彼女の報告は私に話を聞いた通りだと感動していた。我国におけるメキシコ料理の発展はまだまだ始まったばかり、充実した未来図に向かって教え子達の活躍に期待したいものである。