メキシコ料理の店 ラ・カシータ/Restaourante La Casita Cocina Mexicana

オーナーシェフのコラム

第14章

思いがけない依頼から食の融合

2003年、夏、陶芸備前焼きの郷、岡山日生(ひなせ)の町に我国唯一の中南米美術館が開館した。理事長の森下氏とは30年来の懇意な間柄である。記念式典のイベントで東大の増田義郎教授や京都外大の大垣教授が講演される中、自分も料理講習を依頼された。3日間、計5回の実習は好評を博し、帰路につこうとした時の事だった。何人かの受講者に呼び止められ、「先生はお好み焼きに関心がありますか?」と問われたのである。話をよく聞いてみると、日生は国内でも有数のお好み焼きの地で、生牡蠣をふんだんに使った「カキお好み」で日本一を獲得した名誉ある場所だった。彼らはそれぞれにお好み焼き店の経営者達で、冬は生牡蠣の看板メニューがあるが夏に出す物が無い、「メキシカンテイストのお好み焼きが出来ませんか?」との相談だった。瞬間、頭の中を過(よぎ)るものがあったので、構想をまとめて又、来月来ますと約束をして別れた。帰りの飛行機の席では疲れも忘れてあれこれと想いを巡らし、楽しくて仕方が無かったのを覚えている。翌月、再び日生を訪れ、20名近く集まられた店主達に具体的な内容を話し、協議の末、代表店の一軒を借り、実現に向けての1日講習を行う事が決定した。

2週間後、店に溢れる人々の中にNHK岡山と中国テレビのカメラマン、リポーター達が居たのには驚いた。森下氏の計らいでニュース報道になるのだそうだ。カメラが回り始め、講習がスタートした。解説をしながら、お好み焼きの生地にとうもろこし粉を混ぜ、キャベツでは無く刻みレタスを加えたあたりからざわついていた店内は静かになり、メモを取る音とリポーターの囁くような肉声だけがかすかに響いていた。生地を熱く焼けた鉄板に何枚も広げ、具材は小海老とサイコロ状に切ったチーズ、アボカド、そして薄切りにしたベーコン。極めつけのソースはトマト、香味野菜をベースにスモークしたメキシコ唐辛子のチレ・チポトレを合わせたピリ辛のもの。ソースを塗ったらガスバーナーで上から焼いてゆく。美味しそうな匂いが立ち込めた段階で「試食をどうぞ!」と促した。一様に感嘆の声があがっている中、報道人も仕事を忘れてカメラが止まっていた。良かった、気に入ってもらえた。全身に安堵の気持ちが充満していた。その夜のニュースだけで無く、後日、ローカル番組に何度も呼ばれて出来栄えを披露した店主達のおかげで一躍有名になった店は一年後の夏、1時間待ちの行列が出来ていますと知らせて来た。