メキシコ料理の店 ラ・カシータ/Restaourante La Casita Cocina Mexicana

オーナーシェフのコラム

第17章

ハリウッドの大物からいただいた言葉

2003年秋の頃、「渡辺さん、今度30人くらいのパーティをやりたいんだけど。」とメイクアーティスト、トニー田中氏から持ちかけられた。翌年の春、ラスベガスでモデルを使ったショーを計画していたが、準備が整ったためお世話になった恩人を招待したいとの事だった。その恩人とはMr.ウィットマー。1920年代、マックスファクター社と時を同じくして創設された化粧品会社ウィットマーは、販売よりもハリウッド映画の俳優人のメイクに携わり、栄華を極めた名門の一族で、マリリン・モンロー、ビビアン・リー、ユル・ブリンナー等、総総たる役者のメイクを担当してきた大御所だと説明を受けた。申し訳無いが、気をつかうお客に見合うサービスが出来る店ではないとやんわり断ろうとしたら、米国での別れ際、「日本に美味しいメキシコ料理店があるんだ。」と告げたところ、「私はロス・アンジェルスで育ったので食べ飽きている。」と返された。「僕は渡辺さんの料理の方が上だと思っている。だから是非連れていきたい。」と哀願された。有り難く感謝の気持ちで受諾してその当日がやってきた。後に訳を知るが、トニー氏はかなり緊張した面持ちで彼の到着を待っていた。

淑女の通訳と共に来店した彼は、年の頃なら70代半ば、大柄で品のある顔立ちは流石に貫禄充分であった。「何が出てくるんだね。」と少し不機嫌そうな様子を憂慮してか、トニー氏は紹介もそこそこに食事のスタートを促した。前菜はフレッシュアボカドのディップ「ワカモーレ」、そして、とうもろこしの生地でチーズを包み揚げた「ケサディージャ」、牛肉のタコスと献立が進むにつれ表情が柔和になり「美味しいね。」と頷(うなず)かれた。海老のにんにく炒めを食べ終えた頃、「何かスペシャルは出来るかね。」とリクエストされた。幾つかの裏メニューの中から2種類の唐辛子と香味野菜を煮込んだサルサ「アドボ」を、豚ロース肉に揉み込んで焼いたステーキを選び、トルティージャと共にお出ししたところ、余すところ無く召し上がり、「如何でした?」の問いかけには満面の笑みで「EXCELLENT!」と握手を求められた。中座して帰られた後、トニー氏からは、初日の京都観光の折の「たん熊」、東京に戻っての「吉兆」、2軒とも殆ど召し上がらなかった。最終日の「ラ・カシータ」も気を揉んでいたと聞かされた。後日、翌年のショーの際、ウィットマー氏と再度ラ・カシータが話題に上がったと報告を受けた。