メキシコ料理の店 ラ・カシータ/Restaourante La Casita Cocina Mexicana

オーナーシェフのコラム

第27章

家族の絆

美味しい食卓を囲む家族。メキシコ人は一家団欒を大切にする。午後の食事が正餐の習慣であるメキシコでは、昼の休憩が3〜4時間あり、仕事場から家に戻り、それぞれの祖父母、父、母、子供達が揃って、多い家庭では10数人が和むひと時を過ごす。子供の誕生日ともなればそこにご近所が加わり、イベントさながらの光景が日常茶飯事である。家族や近隣愛の絆は、人間が生活を営む最少にして最大の心の拠り所と感じてきた。帰国してラ・カシータを創業した頃、お客様に対するスタンスはそうありたいと願っていた。いつの日か時は過ぎ、顧客との親愛も深まり、近来では3代に渡って孫まで連れて来られる方々も多くなった。30余年の店の道程に帯同して、ご自身の人生の一環を重ね合わせている風にも見受けられる。そんな折、かかって来た電話に驚いた。2006年、夏の事だった。何とラ・カシータで葬儀を行ないたいとのご依頼であった。遠慮がちに「可能でしょうか?」と受話器の声は尋ねていた。無論、嘗(かつ)て経験の無い要望に戸惑いはあったが、詳細を伺うと、親戚はちゃんとした斎場でやるべきだと猛反対しているが、亡くなられたご主人が店が大好きで、家族で食事をした時間が一番思い出深く、故人が一番喜ぶ場所で偲びたいとの主旨だった。

後日、ご子息2人と共に来店された婦人は開口一番、「お願いします! 賛同しない親戚共は参加しなくていいんです」と話し始めた。その強固な気持ちに思わず、「ご主人は何がお好きでした?」と聞いてしまった。自分の献立は我が子のようなもの、愛(いとお)しく思われたなら大満足である。「やりましょう!」即断だった。1ヵ月後の当日、店には黒い幕がかかり、テラスに設(しつら)えた溢れんばかりの花の祭壇には故人所縁(ゆかり)の品が並び、中央には大好物だったメキシコの卵料理、ウェボスランチェロスが置かれていた。読経の後、式典が進行する中、好きだったラテン音楽の選曲が流れ、ワカモーレ、ケサディージャ、海老のにんにく炒め、エンチラーダス等の好物メニューが参列者、約60人に提供されていった。遺影の前で一人一人、交互にマイクを持ち、思い出話を語る姿に、承諾して良かったと私自身の心も安堵していた。人の命に限りはあるが、時空を超えて脈脈と受け継がれてゆく行程に、メキシコ料理の味の記憶だけでは無く、家族が集う幸福感が寄り添うものだと実感した。晩秋の頃、遺骨はサンフランシスコ、ゴールデンブリッジにて散骨された。