メキシコ料理の店 ラ・カシータ/Restaourante La Casita Cocina Mexicana

オーナーシェフのコラム

第30章

めぐりまわるお客さまとの不思議な縁

2000年夏の頃、TBSから番組出演依頼が舞い込んだ。人気絶頂の「はなまるマーケット」からである。先方の依頼は生放送のランチバトル。制限時間僅か10分で一品を仕上げるという難度の高い企画コーナーである。今回は自分ではなく、若手シェフにとの要望で、厨房を仕切る若干29才の料理長田中勝則を推薦することになった。メニューは本人の希望で、短時間でメキシコらしさを演出できるワカモーレを使った「ソーセージのレタス包み」に決定した。ワカモーレとは、アボカドをペースト状に潰した中に、青唐辛子を利かせたトマトのサルサを混ぜ込んだ代表的なソースである。意外な出来事が起こったのは、後日、訪ねて来られた2人のディレクターと、食材、手順、店内ロケの打ち合わせを行い、要旨をまとめ終え2人が立ち上がったその時だった。後方の客席から「おい!」と声が掛かった。後に訳を知ることになるが、声の主は「はなまるマーケット」の統括プロデューサー、最高責任者である。2人は驚いて「どうして、こちらに?」と尋ねたが「いいから!」と体よく追い返されてしまった。話を伺うと「渡辺さんは覚えていないと思いますが、四半世紀前、TBSに入社した頃、初めてデートしたのがこの店なんですよ。だから気になって」との事。客とのふれあいが織り成す縁に、時代を超えた店の存在が頼もしく思えた瞬間だった。

縁と言えば、番組の花である岡江久美子さんも当時、後に夫となる獏さんとよく来られていた。今や伝説と成りうる公園通りの店を発端として、旧山手通りを経由し現在に至るラ・カシータは、その時折の時代の表現者達に囲まれ、メキシコ料理を要とした歩みの中で人間模様が育まれた成りゆきに、宿命のようなものを感じてしまう。さて、本番当日、ライブの実演が放映された。田中は少々緊張気味だったが、紹介インタビューも無難に熟(こな)し、調理がスタートした。許された時間は10分。もともと技量はあるだけに、調理工程における心配は無かったが、思った以上に雄弁に進行していった。途中、お湯が沸いていないハプニングも難なくクリアーし見事に時間内で完成させた。岡江さんの「昔はこの店によく行ったのよ」とのコメントを挟みながら試食タイムへ移行した。薬丸君を始め全員から「美味しい!」と絶賛の声が上がり、評判は上々。番組終了間際にももう一度話題にのぼるほどのインパクトがあった。大成功である。放映後、端整な顔立ちの田中に奥様族のファンが増えたのは言うまでもない。