メキシコ料理の店 ラ・カシータ/Restaourante La Casita Cocina Mexicana

オーナーシェフのコラム

第42章

小川宏ショー 生中継

ラ・カシータを旧山手通りにOPENした1978年頃の代官山には、ファッション界を先導する『BIGI』や、究極のサンドウィッチの伝道師を誇る『トムスサンドウィッチ』、古着の革命児・帝王垂水さんが発信する『ハリウッド ランチ マーケット』、日本に本場のイタリア料理を知らしめる起爆剤となった『パパ アントニオ』、建築界を震撼させ、日本芸術大賞などを受賞する『ヒルサイドテラス』、それら全てが店の真横、真向かいに位置していた。偶然の恩恵にしては余りにも恵まれた環境に、その頃の自分はまだ気付いていなかった。メキシコ料理の王道を伝えるべく、頑(かたく)なに邁進していた私には周囲が全く見えていなかったのである。舞台、映画、TV俳優、音楽、アートの世界の各著名人たちが来店しても、誰彼区別なく徹底したスタンスで対応していた。結果的にそれが功を奏することになるのだが、綿密な作戦があったわけではない。
当時、道路を隔てた向かいの奥に住んでいらした愛川欽也さんも常連客の一人で、毎週のようにご来店くださっていた。1980年秋の頃だった。愛川さんから「マスター、今度ラジオのパーソナリティーの仲間とトーク番組をここでやりたいんだけど、どう?」と打診された。

皆、美味しいメキシコ料理をまだ食べたこともないし、店の宣伝にもなるよね。と懇願され、引き受けたその番組は、絶大な視聴率を堅持していた朝のワイドショー『小川宏ショー』。しかも生中継。撮影に向けて周到な打ち合わせが始まった。午前の店を借り切っての段取りは早朝6時から。中継車の到着後、歴代のディスクジョッキー10名が囲めるテーブルセッティング、3台のカメラ配置、2時間の放送枠を支えるメニュー構成、スタジオとの連携など、準備は万端だった。そこへ一大アクシデントが起こる。宮内庁発表された報道で、髭の殿下の愛称で知られる寛仁親王殿下の婚礼の儀が放送当日と重なったのである。さぁ局は大慌て。急遽(きゅうきょ)二元中継に方針は決定し、厳(おごそ)かに進行する皇室の式典と、愛川さんたちによるラジオ放送の持つ醍醐味と意義をテーマに盛り上がるフリートークが交互に放映されたのである。後日、ラ・カシータは皇室と関わりがあると思いもかけない噂が広まった。
後年、読売新聞に掲載された愛川さんのコラムに「11pmの取材で訪れたメキシコで食したタコスよりも、ラ・カシータの方が美味しい」と記述していただいた。現在も親密なお付き合いが続いている。