メキシコ料理の店 ラ・カシータ/Restaourante La Casita Cocina Mexicana

オーナーシェフのコラム

第61章

プロ養成の教室へ

数千年の悠久の時を経て培われているメキシコの食文化を、我が国に啓蒙する行為は、いくら自己の使命感が強くても、到底一個人の力で及ぶものではない。何万人もの調理人が実在してこその現実が、それを可能にする唯一の手段である。およそ日本の5.5倍の国土に根付いた、それぞれの地域性豊かな料理の彩りには探究心がそそられるが、それらを飲食の商売として表現するとなると課題は大きく、なかなか難しい側面が生まれてくる。利益を上げるためには、米国譲りの味に親しんだ客達の要望に即したメニュー構成に従わざるを得ない状況に設定されてしまうのが、この国の現状である。母体であるラ・カシータだけでなく、教え子達もそこに果敢に挑戦し、工夫を重ね、奮闘しているが、まだまだ気の遠くなるような時間が必要だと感じてしまう。唯、大事なことは、どの皿にも美味しさに目覚めさせる伝承力を持たせることである。感動した味覚は、その方々の喜びを通じて、家族、友人、仕事関係にと輪は広がり、多大なファン層と共に店は贔屓されると理解している。その実態を踏まえて、次なる啓蒙の一皿に導ける時代が訪れると信じて、微力ではあるが歩んでいきたいと思うこの頃である。その意味では、教室が大きな役割を果たしてくれていた。2000年の春、読売文化カルチャーから依頼があり、毎月の講習で教える中で、店で出している献立以外の品々も披露する機会に恵まれたのである。

ずっと念願だった定期の教室が持てた事実は大いなる飛躍へと繋がっていく。主婦や女子達に実習、講義を進めるうちに、基本のサルサの類いを家庭で応用して欲しい気持ちが沸き上がり、ホットプレートの鉄板焼きや、普段、冷蔵庫に入っている卵、ベーコン、ソーセージ、豆腐などの料理に活用できるアイデアを提供すると、何人もが家族に絶賛されたと、嬉しい報告をしてくれるようになった。勿論、王道の料理も教えるのだが、ポテトサラダのタキートスやメキシカンテイストの冷製パスタ、ロールキャベツなどの創作授業の際には、その味わい深さに驚き感嘆し、充足感に満ちた笑顔が溢れる。オーセンティックなタケリア(タコス屋)やレストランが増えるのも大切なことだが、360度ある、あらゆる方向性の中で、もう一本根付いて欲しいのは、日本の食卓に美味しいサルサを使ったハンバーグや麻婆豆腐が当たり前に出現する未来。生徒達のもう一つの味蕾がその美味しさに気付き、草の根運動の連鎖の如く、庶民に浸透していく道筋は、時間がかかっても必ず成就できるはずと素晴らしい可能性を秘めている。壮大な夢だが、旨味を持ったメキシコの唐辛子達はそれに応える実力を充分兼ね備えている。この教室の生徒達も、もう5人もが料理店をオープンしているが、その中の一人は千葉県で、いくつものサルサを駆使したハンバーガー店をはじめ、専門誌に評価されるほどの人気店となっている。