メキシコ料理の店 ラ・カシータ/Restaourante La Casita Cocina Mexicana

オーナーシェフのコラム

第63章

宇津井健さん亡くなる

2014年3月14日午後6時5分、宇津井健さんが逝ってしまった。35年の長きにわたり、ラ・カシータをこよなく贔屓にしていただいた顧客のお一人である。この一年、ご自身の肺の調子が思わしくないのは人伝に耳にしていたが、復帰に向けて治療に専念されており、また、元気なお姿にお会いできると信じていた。唯々、残念な気持ちでいっぱいである。旧山手通りの店の頃は、亡くなられた奥様とまだ小さかったご子息といつもご一緒で食事を楽しんでおられた。最近は事務所の方々や番組スタッフを連れてこられる機会が多く、その都度、お気に入りのファヒータの食べ方を指導しながら過ごされていた。この料理は若鶏もも肉の細切りと玉ねぎやピーマンなどの香味野菜、チレ・ハラペーニョを炒め合わせたものと、煮豆ペーストをラードで二度炒めしたフリホーレス・レフリートス、アボカド・ディップのワカモーレが一皿に集まっている伝統的な家庭料理である。焼きたてのトルティージャと共に食すのだが、タコスのイメージが根強い日本ではどうしても具材を巻きたがる。若い頃の乗馬留学の折、メキシコの牧場でホームステイされた宇津井さんは、主食と副食の食事マナーを現地のお母さんから教えられ感心したとよく話されていた。私たちが食事の際、いきなりご飯に惣菜をのせないのと同じ道理である。お行儀良くこうしてと、左手にトルティージャを持つ姿が目に焼き付いている。

思い出は尽きないが、印象深く蘇るのは、店が不況の折、気にかけていただき紹介してくださったフジテレビ、TOKIOの『メントレG』と、先日亡くなられた山本文郎さんのトーク番組収録時のこと。カメラ位置や照明の準備が進む中、背筋をピント伸ばして立ったまま、一切椅子には座らない。収録中は兎も角、スタッフが動いているのに座っては失礼だよと訳を聞かされた。また、お台場の局の本番も終わり、同行したメンバーと帰り支度をしていた際、突然現われ「大将、今日はわざわざ来て貰ってありがとう!」と手を差し伸べて個々に握手をしていただいた。各著名な方々と撮影現場は経験しているが、そこまで気遣われるのは宇津井さんただ一人である。心残りが一つある。SMAPの『スマスマ』から知らせがあり、ご本人がメキシコ料理を希望なさっているので来て貰えますか?と。生憎、他の教室と日程が重なっていた。後日、「いやー、渡辺さんに来て貰ったら、もっと美味しかったのにねー」と残念そうに笑みを浮かべておられた。小淵沢の牧場近くの別荘にも「今度、遊びに来て料理を作ってよ」と電話番号を手渡された。日本を代表する名優の方にこんな推測は恐れ多いが、その日の演技のベストライブを追求する宇津井さんの信条が、私の一途な生き方に共感されたとしたらこんな光栄なことはない。「よっ、大将!また今日も美味しかったよ!」の声が聞きたい。心からご冥福をお祈りいたします。