メキシコ料理の店 ラ・カシータ/Restaourante La Casita Cocina Mexicana

オーナーシェフのコラム

第69章

生徒達の好奇心沸騰

メキシコ人の主食であるトルティージャ。トウモロコシを練った生地を薄く円形に伸ばして焼いたものであるが、伸ばす際の作業が独特なのである。日本をはじめ、フランス、イタリア、中国等、世界の粉生地文化は例外なく綿棒で調理するのが常識。ところがメキシコでは2枚の板で挟み、圧力を加える。通称、Maquina(マキナ)と呼ばれるこの道具は梃子の原理を応用したもので、丸い生地だけでなく、三角、四角でも見事に円形に仕上がる。遥か昔は植物の大きい葉っぱやバナナの葉で挟んでいたが、この方法に辿り着いでからは木製だけではなく、近代では鉄やアルミ製のものが本国では一般に売られている。後半の授業は生地を練り、トルティージャを焼くところから始まった。外来講師は講義と原理のデモンストレーションだけで良かったはずが、生徒達の好奇心はそれを超え、何人もが席を立ち教壇の側に集まってきた。自分達もやりたいと声を上げ、教授に哀願しているのである。彼らがここまで積極的に夢中になる状況は今まで無いですねと、教授達も感心するばかりだった。こうして前代未聞の調理実習が行われた。行列に並び、一人一人が楽しげに生地を伸ばし、トルティージャを焼いている光景は講師冥利に尽きる思いだった。海老のアヒージョまでの講習が終了し、質疑応答に入っても教室の興奮は収まらなかった。時間が来たので終りを告げると、何と全員から拍手が送られた。

教室を出ると、廊下まで幾人かが追いかけて来て、「先生、一緒に写真をお願いします」と列を作っていた。握手までは有っても、写真は珍しいと聞かされた。控室に戻り、茶話会の折、講義に参加した教授達に三木御大が「君たちもあんな授業ができないのか?」と冗談粧して叱っていたのが照れ臭かった。その夜は近所の和食屋で三木教授、永井学部長と共に料理談義に花が咲き、心身が充足感に満ちた1日だった。次の年、再度呼ばれた。教室に向かう途中だった。永井部長から「先生、講義内容は昨年と同じで結構なんですが、終了前の15分~20分くらい、ご自身の人生を話していただけませんか?」と申し出があった。訳を聞くと、辻調の生徒達は2年の習学で調理の全てを網羅したと思い込み、実社会に出てから戸惑いがあったり自信喪失になる子が多い。先生のように美味しいものを作りたい思いや、選んだ答えに夢中になる話が必要ではと、昨年の授業で感じました。と懇願された。調理を志した以上は、どんな状況でも食べて貰う相手に美味しさの感動を与えるのが使命、生徒達にそれが伝わるならそれも役目と快諾し、講義も終盤に差し掛かる頃、断りを入れて10代~20代の自身の出来事を話してみた。意外に聞き入ってくれ、チャイムが鳴った瞬間、昨年同様拍手が起きた。一人の生徒が駆け寄ってきた。「去年からこの授業を楽しみにしてました。先生のようになりたいです」と握手を求められた。以後、毎年呼ばれているが、掛け離れた年の同胞たちに期待する熱意は変わらない。