メキシコ料理の店 ラ・カシータ/Restaourante La Casita Cocina Mexicana

オーナーシェフのコラム

第74章

豊洲文化センターでの講演

この数十年の間、料理講習を幾度もやらせていただいたが、どの会場に向かう時も楽しみで仕方なかった。メキシコ本国が培った食の魅力を如何に理解してもらえるか、身をもって体現できるチャンスにいつもワクワクしていた。それぞれの食材と絡み合う独創性溢れるサルサやチレの類の美味しさは、その時々の生徒たちに感動を与え、彼らの探究心を呼び起こす。我が人生の立場において、表現者冥利につきる思いでいっぱいである。とは云え、この程度の知識や技量で極めたつもりは全く無く、与えられた命の時間の中で、数千年の食文化をどこまで追求できるのか興味津々の日々が続いている。自身の知識欲も大事だが、店のスタッフや生徒たちの質問に気付かされる事が多々ある。まだまだ知らない事例の絶大さは、一人で担えるものでは無く、日本に数多くの調理人が増え続ける事が不可欠である。だが、有り難いことに先駆者としての位置付けが頼りにされるのか、最近はニュースや番組制作の現場からの質問や事実検証の電話が頻繁にかかってくる。時代がメキシコ料理関連の報道に関心を持たれてきた証かもしれない。私が認識していることだけでも役に立つならと、必要とされれば話したい使命感は常にあった。

豊洲文化センターから『メキシコを楽しむアラカルト』の講演依頼を受けたのは、2010年の秋だった。著述家、大学や大学院の教授たちが何人も揃う講師陣の中に加えていただいたのを光栄に思い、快諾した。調理なしの講義は意外だったが、望むところであった。自分のテーマは『メキシコ料理の奥深さ “5000年の食文化に迫る”』。他の講座内容は遺跡や古代史、フリーダ・カーロとディエゴ・リベラを中心とした壁画と自画像、伝統音楽と舞踊、文学の考察など、学問カルチャーらしい題目が羅列されていた。11月から3ヶ月の期間、隔週でそれぞれの講師がシリーズで受け持ち、年明けの1月14日が出番だった。教室に入った瞬間、聴講生たちが違和感を持っているのを肌で感じていた。どうして料理人が?と訝しむ様子が窺えたのである。自己紹介を終えた後、講義がスタートした。トマト、唐辛子、トウモロコシなどのメキシコの食材が、16世紀以降の世界に寄与した歴史から先住民の個性豊かな食生活、調理法が醸し出す味の妙味の素晴らしさなど、話を始めて30分ほどで彼らに興味が湧いてきたのが伝わってきた。授業構想は現場の生徒を見てからと思っていたので、残り1時間、鍋やフライパンは無いが、本国に根ざしている野菜や肉類、魚介類の献立の美味しさを感じさせる授業を進めた。時間が来て質疑応答に移行した時、最前列の高齢者と思われる男性が一番に手を挙げた。講義の質問が来るかと期待したら「先生のお店はどこにありますか?」だった。後日、その時の受講生達のほとんどが来店され、店の味に舌鼓を打ち、満足げに帰られた。