メキシコ料理の店 ラ・カシータ/Restaourante La Casita Cocina Mexicana

オーナーシェフのコラム

第78章

アカデミー茗台への出張講座

JR恵比寿駅の駅ビル、アトレの7階に位置する読売カルチャーで教室を開設してから早15年の時が経過したが、店を構えた教え子達が7名もいる。思うに、授業を体験するうちに、未知のレシピや味との遭遇に驚きを感じ、誰かに披露したくなる気持ちが高じてゆくのかもしれない。料理は基本さえ習得していれば、その表現は無限の可能性を秘めている。同じ調理法でも、個々の思いや性格でそれぞれにバラエティに富んだ一皿に出来上がってゆく。しかもそこにアレンジが加わると、立派な一品として仕上がるものである。つい先日も、六本木アークヒルズにタコス専門店を開業した生徒がいるが、美味しさは定評を得ていると聞いている。また今年は、メキシコ現地に武者修行へ旅立った受講者もいるし、現在も、近い将来に奈良の明日香村でメキシカンを提供するというプランで学んでいる生徒が頑張っている姿を見ていると、世間がようやく本気でメキシコ料理と向き合い出したんだなと、実感している。まだまだ一握りではあるが、教え子たちのこれからの活躍に期待したいものである。教室の評判を聞いて、読売カルチャー本部から出張講座の依頼があったのは、2014年が明けた頃。文京区区民の一般講座と聞いて嬉しい限りだった。夏の期間3回の短期講座。早速カリキュラムの作成に着手した。

回数限定の一般授業では、できるだけ内容を詰めて、本国における食文化全般を、地域性や歴史的背景、独創性を網羅した上で、わかりやすく教えることを心がけている。何よりも大事なことは、習得した技術と講釈を食卓で自慢したくなること。基本のサルサの類や牛肉、若鶏、エビなどの入手しやすい食材で構成した講座内容に興味を覚えたのか、定員20名は公募初日で満杯となった。当日午前9時、会場『アカデミー茗台』に到着。7階の会場はガラス張りの明るい空間で、調理設備、器具、食器は完璧に整えられていた。アシスタント3名の女子と段取りの打ち合わせを済ませ、11時の開始を待つ。エプロン姿に着替える受講者の大半が、私よりも先輩ばかりである。少々戸惑いながら開始した講義だったが、思い切って全員を周りに集め、野菜を合わせる時の瑞々しさや、調理工程の香りを感じてもらいながら、メキシコでいかに自分がカルチャーショックを受けたのかなど、話を交えながら進めていった。戦時中から昭和20年代を生きてきた彼らが共感する部分が多々あったのか、距離感は縮まり、塩だけの単純明快な調理に興味津々だった。実習の時間も質問の嵐で、懇切丁寧に説明しながら出来上がった料理は見事に完成されていた。「本当に美味しいです!」毎回、全員が喜んでくれた授業の最終回は、帰路につく一人一人から「楽しかった。勉強になりました」とご挨拶をいただいた。後日、手元に届いたアンケートの一枚に驚いた。ほとんどが90%代の授業感想の百分率の部分を横に引き伸ばし、200%と表示してあった。「アカデミー茗台」始まって以来の出来事であると聞かされた。