メキシコ料理の店 ラ・カシータ/Restaourante La Casita Cocina Mexicana

オーナーシェフのコラム

第84章

大事な友との出会い

1976年、渋谷の公園通りに店を構えて間もなくの頃である。一人でふらりと入店してきた長身の外国人がケサディージャとビーフタコスを注文し、食べ終えた後、いきなり握手を求めてきた。「Perfect!」を連発しながら大喜びの様子に、私も嬉しくなって、どこから来たのかと尋ねてみた。彼の答えは、自分が育ったロサンジェルスにはメキシコ料理点が沢山あるが、こんなに美味しく作る料理人はいないとべた褒めである。現在、早稲田大学に留学中で、学生だからあまりお金はないが、また食べに来ますと、上機嫌で去っていった。それから毎月のように来店し、レシピを教えて欲しいと懇願された。サルサやトルティージャのポイント、アボカドの扱い方などを丁寧に伝授し、代官山に移転してからも親交は続いていた。4年後、北海道から知らせが届く。何と、弱冠27歳で札幌の繁華街に居酒屋を開店したのである。『麦酒亭』と命名された店は、その名の通り世界のビールを揃え、メキシカンの献立が摘まみと謳っていた。的を射た彼の発想はすぐに評判となり、市民だけではなく出張族まで取り込み、店は大繁盛の一路を辿るのである。地元の数々のイベントにも積極的に参加しては、その明るい人柄で人々を魅了し、やがて名士となるが、胸の内に渦巻いていた事業欲がどんどん膨らんでいた。

酒類販売の資格を取得し、市内にビルを購入して、株式会社えぞ麦酒を立ち上げたとき、即連絡が来た。「渡辺さん、欲しいものがあったら何でも言ってください」。ちょうどその頃、我が店で人気があったテキーラが製造中止になり困っていたので、お願いしてみた。現地まで買い付けに出向き見つけてくれたそれは、日本酒に例えるなら純米・吟醸タイプ。クオリティーも申し分ないが、名の由来が洒落ている。『Tres Mujeres』スペイン語で3人の女性の意だが、メキシコ人は家族を非常に大事にする。祖母、母親、娘が家を守ってくれるから、男は仕事に精進し、帰宅後の安らぎがある。そんな思いが込められたボトルは、皮革で被われ手作り感溢れる素敵なデザイン。ラ・カシータの料理と相性も良く、顧客の心を捉えて放さない存在となっている。振り返れば39年の付き合いになるが、東京に来る度に「会いたい」と電話があり、当初の出会いに感謝していると毎回のように言ってくる。恵まれた関係には、こちらの方が心底謝意を持っている。あの頃のスリムは長身のイケメンだったが、還暦を迎えた今、100kgの体格を持ち、髭を蓄えたその風貌はまるでサンタクロース。誰が見ても憎めない好々爺になっている。彼の名はフレッド。私にとって掛け替えのない大事な友である。