メキシコ料理の店 ラ・カシータ/Restaourante La Casita Cocina Mexicana

オーナーシェフのコラム

第85章

メディアを駆使する才能

代官山・旧山手通りにOPENした1978年春、高木君がひょっこりと顔を見せた。渋谷公園通りのラ・カシータ創業時に出会いを演出してくれた男だ。『高木プロ』を設立して女優を育てているという報告だった。白都真理、星野知子、和由布子など後にドラマ・舞台・映画で名を知られてゆく顔ぶれが揃っていた。ある大物作詞家の元で教えを受けながら、局の現場に出入りし、人脈を築いてきた経験は、発掘した有能な表現者を開花させるには充分すぎる条件が整っていた。「渡辺さん、お願いがあります。」と急に切り出した彼の要望は、所属の彼女たちが取材を受ける場所に店を利用したいという話だった。雑誌の撮影やインタビューの席は迷惑じゃないでしょうか?と遠慮がちに申し出る態度に好感が持てた。片隅に店名を表記してもらう約束で快諾した。マネージメントの辣腕ぶりは群を抜いていて、毎月何社も女性誌や月刊誌にテラスの情景や、店内の雰囲気が掲載される状況となった。そして、今度はTV放送の協力に繋がってゆく。真理さんや知子さんが当時、高視聴率を挙げていた高島忠夫夫妻の料理番組に出演する際、簡単に美味しくできるメキシコ料理を披露したいのでレッスンをして貰えればとの申し入れには、こちらの方が嬉しかった。決して器用ではない二人でも手軽に習得できた卵の一品や、海老の一皿はスタジオでも好評を得、一瞬ではあるが全国にその味覚が波及した。

メディアを駆使して事務所の女優たちを知らしめる彼の敏腕さが、結果的に店の知名度も上げる相乗効果に至るとは、頑なにメキシコ料理の啓蒙に凝り固まっていたその頃の私には真似のできない才能の発揮ぶりだった。フジテレビの昼の看板番組『笑っていいとも』のトークコーナーでゲストに送られた電報を紹介する部分でも、一番に電文と『ラ・カシータ』の名が読まれた。くじに当たったように捉えていたが、思い返すと誰かの思惑があったのかもしれない。おかげでタモリさんも来店するようになり、毎日のように芸能界の方々が訪れる日々が続くこととなるが、写真もサインも求めず、ただひたすらにメキシコ料理が持つ美味を提供し続けるスタンスに共感してくれた男が一人いた。まだ20代半ばでドラマの主役を勝ち取り、後に『相棒』の杉下右京役でその名を全国に知られる彼が蘭さんとのデートを重ねていた頃だった。あれから三十数年、現在も親交は続いているが、会計の折、屈託のないあどけない笑顔で「なべちゃん、本当に美味しかった」と擦り寄ってくる人柄は変わらない。役者は大したものだと感心する。『相棒』で演じる役どころ右京の人間像・本質のキャラクターからは想像もできないのだから。彼との接点の中でいくつか書いてみたい話があるが、亡くなられた宇津井健さんとの出来事を次回の章で。