メキシコ料理の店 ラ・カシータ/Restaourante La Casita Cocina Mexicana

オーナーシェフのコラム

第97章

東京ディズニーシーへのレクチャー

飲食に携わる方々の訪問が増えたのは、2000年を迎えた辺りだろうか。茨城や千葉、埼玉などの関東エリアに留まらず、大阪や愛知、広島からも「メキシコ料理店をやりたいので、色々とお話を伺いたい」と引きも切らさず来訪された覚えがある。たぶん、1990年代後半に『どっちの料理ショー』『チューボーですよ』『料理の鉄人』など、全国区で視聴される番組などに出演したおかげで、彼らの目に留まったのだろう。共通していたのは、注文の品を置く度に、まず写真を撮ってから皆で探るように食べ始め、前菜、タコス、一品料理を一通り食した頃に身分を明かされて、質問が集中するケースが殆どであった。トルティージャやサルサ、一皿一皿の美味しさに感動して貰えたことは嬉しいが、調理の工程を説明するだけでは、理解はされても実践できるものでは無いと了解している。ただ持ち前の使命感がそうさせるのか、一期一会の相手でも包み隠さずに教授した。当時は専門書を執筆する前だったので、参考書も無いままに帰られたが、果たしてその後、どのように進展したのか、ほぼ連絡は無い。メディアの放映でメキシコの味覚を誘発できた結果は歓迎すべき事例だが、興味本位の表現で献立を提供されては、客足も遠のくだろう。味の秘訣よりも、本国の食材が持つ多彩な独創性を駆使することに気付くべきである。

その男が訪ねてきたのは、2001年の春だった。食事を終えた頃に、「今まで食べたメキシコ料理は何だったのかと思わせる美味しさですね。是非今度、ゆっくりとお話がしたい」と話しかけられた。頂戴した名刺には“株式会社オリエンタルランド・メニュー開発グループ”の肩書きが記されていて驚いた。東京ディズニーランド・食堂本部の責任者である。それから何度か来店が続く中で、ある日「東京ディズニーシーのシェフ以下数人を連れてくるので、レクチャーをしていただきたい」と依頼された。願ってもない話である。快諾した。当日、体験したことのない美味しさに触れた彼らは、興味深げに料理を見つめ、これを基盤に味を進化させると向上心に燃えていた。以来、レクチャーを重ね。来日したフロリダディズニーの総料理長までもが一度視察に訪れた。実現に向けた詳細な打ち合わせが進んでいった。しかし難問が待ち構えていた。商品のコストパフォーマンスと調理時間である。あれだけの大組織である。数字は絶対的な証として存在し、例外は許されないものだった。残念そうに報告に来た彼は「渡辺さん、申し訳ない。でも例えば航空会社などに提案してこの味を広げたいね」とまだ後押しを考えてくれていた。彼の名は谷坂賢司。先日、当時フード部長だった同僚の方が来店し、2年前に亡くなられていた事実を知らされた。店の味覚開発計画を推進していただけた出来事に感謝である。