メキシコ料理の店 ラ・カシータ/Restaourante La Casita Cocina Mexicana

オーナーシェフのコラム

第101章

味の素 海外食品部へのレクチャー

ラ・カシータを開業して40年余、お客様から数々の質問を受けてきた中で、素朴な疑問の一つに「メキシコに麺料理はないの?」がある。全くないわけではないが、我国のうどん、蕎麦、ラーメンほど大衆に普及しているものでは無い。代表的な献立を挙げれば『Sopa de Fideo』だろうか。トマト味のチキンスープにラードで揚げた細麺がたっぷり入ったそれは、全国のレストラン・定食屋で提供している有名な一品ではあるが、専門店は存在していない。考えてみると、イタリア料理がこれほど一般的になった切っ掛けはスパゲッティ(現在はパスタ)が発端で、麺好きの日本人の心を捉えた上で、本格的な食事体系に導いていったのだろう。仮にメキシコに多種の麺料理があったとしたら、もっと興味を引いて調理人が増えていたかもしれない。残念ながらそれは現実的では無いが、面白いことに本国では『マルちゃんのカップラーメン』がここ十数年大ヒットしている。これは前述した細麺のスープと酷似した商品が、彼らの購買欲を駆り立てたのだろう。ラベルにはスープとしての表示が記され、定番のチキン味、海老味、チーズ味、ローストビーフ味など、10種類くらい売られている。食べる際にはライムを搾り、サルサ・デ・チレをかけるのがメキシコ式。最近ではカップヌードルで有名なメーカーも参戦し、Habanero(アバネロ)のサルサパックを付けるなどして競争力を高めている。

味の素の海外食品部が訪ねてきたのは、本国で『マルちゃん』が爆発的に売れ始めた頃だった。当社がメキシコで販売する商品の調味についてのレクチャーをお願いしたいとの依頼である。常連客だった部長の指示なのか、まるで藁にでもすがるように頼まれては、自身の知識の限り講話を努めようと受諾した。後日、午後の時間に来店した8人のプロジェクトチームはスーツに身を包み、まるで会社の会議のように緊張していた。柔らかい話しから始めようと思った。子供の頃、味の素は常に食卓に常備され、おかずだけでなくご飯にもかけて食べた。頭が良くなるからと言われたからもあるが、美味しさを感じていた。後に知ることになるが、日本人に根付いている好み、昆布の旨味が持つグルタミン酸ナトリウムが主成分の粉末だった。本題に話を進めた。メキシコが旨味を感じる食生活の基盤は鶏の出汁にある。先住民が長年の間培った食文化を支える地鶏の生産地は、その旨さで知られるトラルバン地方を代表として全国に点在している。クノールやマルちゃんが成功したのは、正にその根に適合したからだと解釈できる。昆布の旨味を前面に出しても、彼らは私たちのように美味しさを理解しない。方向性が見えたのかノートをとる手を置き、日常性の中での食材、調理法の質問が矢継ぎ早に飛んできた。2時間に及んだ講話が終了した直後、全員から握手を求められた。1年後、明るい顔で帰国した専任課長から、大きなトナラ焼きの陶器をプレゼントされ、あれから順調に進んでいると報告を受けた。