メキシコ料理の店 ラ・カシータ/Restaourante La Casita Cocina Mexicana

オーナーシェフのコラム

第106章

お台場「フィエスタ・メヒカーナ」

メキシコの魅力を提供する催し「Fiesta Mexicana」がスタートしたのは、1999年9月の事だった。場所はお台場ウェストプロムナード。太陽広場では民族ダンスや、マリアッチ、ムシカ・ランチェラ、ロマンティコなどのメキシコを象徴する歌が披露され、市場通りには民芸品や衣装、雑貨の店が軒を連ね、在日メキシコ人会や既存のメキシコ料理店が、タコスなど軽食の屋台を並べる盛大なイベントである。主催の実行委員会には歌手のマリキータ(帆足まり子)、織家律子(Café y Arte)、石井あけみ(メキシコ観光代表)、畠野さん(タコス デル アミーゴ オーナー)の4人の女傑が揃っていた。実力者である彼女たちはメキシコ大使館の後援を得て、メキシコ外務省、農水省–SAGARPA、観光局、商務部を動かし、この企画をこれまでに無い充実した行事に膨らませたのは流石である。ただ調理に関しては、やはりTEX-MEXが幅を利かせているのが現状だった。唯一、メキシコ人達の店のサルサやタコスの具材の美味しさが際立っていたが、たった一軒では伝わるものも伝わらない。すぐ側のホテル・グランパシフィックの料飲部から連絡が入ったのは次の年の初夏の頃だった。前年の集客力を目の当たりにして、ホテル内でもメキシカンを出したいので実行委員会に相談したところ、「レクチャーを受けるなら代官山ラ・カシータが一番」と言われましたとの事。

勉強会が始まった。まずは一般の調理師達が認識しているスパイスを多用したメキシカンが米国のものであるという話から始め、本国における食の実態、歴史、地域性などについて、店の献立を食して貰いながら説いていった。製品、レストランのメニューに加えたいとの要望だったので、アラカルトを選び、トルティージャは実践が無いと無理なので外すことにした。後に取締役、総料理長にまで出世した当時の料飲課長(矢部喜美夫)をリーダーとする部下10人に教えたのは、唐辛子の使い分けである。簡単なレシピで調理できるサルサ2種類を使って、塩で調味した白身魚や鶏肉(笹身)に添える皿と、単品で個性を発揮するチレ・パスィージャを海老と茸に絡めたオイルソースのパスタを伝授した。開催期間中、品々の評価は上々だったらしく、後日、現場に出向くと厨房全員から歓喜の声で迎えられた。探究心が芽生えたのか、それから2年間、夏前になると彼らへのレクチャーは回を重ね、親交は深まっていった。メキシコに育まれた唐辛子類の持ち味には、新たな創作料理への可能性が満ちあふれている。奇をてらう事無く食材の個性を見抜いて挑戦することで美味しい一品が生まれてくると信じている。私をホテルに推薦してくれた女傑達も現在は石井さんを除いて3人が旅立ってしまった。ご冥福をお祈りすると共に合掌!。