メキシコ料理の店 ラ・カシータ/Restaourante La Casita Cocina Mexicana

オーナーシェフのコラム

第111章

三田寛子ちゃんとの再会

代官山旧山手通りに店を構えた1978年の初夏の頃だった。後にその名を知らしめていく芸能事務所が真上の2階にひっそりと開業していた。初めはモデル中心の営業だったが、80年代に入ってからは、アイドルを主体に売り込みを図っていた。主な所属タレントは、竹の子族で名を馳せた沖田浩之、『笑っていいとも!』のオープニングを熱唱する「いいとも青年隊」、10代の美少女歌手三田寛子等、個性とと魅力を兼ね備えた彼らが身近に居た。有り難かったのは、取材の度にテラスや店内での撮影が行われ、写真ページの片隅にラ・カシータの文字を明記してくれた社が多数あったことと、番組で共演する著名な方々に「事務所の下にすごく美味しいメキシコ料理屋がある」と吹聴してくれた事実だった。携帯もネット検索もない時代は、雑誌や口コミの影響力には多大なものがあり、毎日のように芸能関係の人々が訪れるような状況が生まれていた。当時、よく来店されたタモリさんの出で立ちが印象深く記憶に残っている。ざんばら髪に太い黒縁の普通の眼鏡に地味な上着の装いで、まず一般人には見破られない見事な変貌ぶりだった。この時代の代官山は、恵比寿、渋谷、中目黒辺りの雑踏から隔離されたようなロケーションで、人通りも少なく、時間もゆったりと流れていた。手作りの木のテーブルや椅子が並ぶオープンエアのテラスで飲んだテカテビールが最高だったと、常連の顧客達から今でも聞かされる。

BS朝日の番組『極上空間』のディレクターから連絡があったのは2016年の年が明けた頃だった。出演者が思い出の地を巡る内容で、今回は野々村真と三田寛子の二人が訪ねる先の一つにラ・カシータを希望しているが、撮影は可能ですか?との問い合わせだった。勿論、断る理由は無かった。しかし35年ぶりである。しばらくあの頃を回想している自分がいた。寛子ちゃんは京都からお母さんが上京してくると、店で食事をしながら早口で淀みなく近況を話していたシーンが蘇ってきた。「ギンギラギンにさりげなく」でヒットした真君の同級生がタコスを食べている光景も浮かんでいた。当日、「お久しぶりで〜す!」と駆け込んできた二人の「渡辺さん、全然変わらない!」と大声ではしゃぐ姿は、もう完全に10代の戻っていた。メークの間、思い出話とその後の報告で盛り上がる中、考えてみれば両人とも才能に長けているからこそのここまでの活躍ぶりだと、改めて感心した。大好きだったワカモーレとビーフタコスを頬張りながら「美味しい!これよこれ!」と無邪気に喜ぶ様に、ディレクターからロケ終了後に「おかげさまでいい絵が撮れました」と感謝された。体感した味覚の感動は時を超えるもの。二人とももう50歳だと話していたが、この時だけは純真無垢な15歳だった。