メキシコ料理の店 ラ・カシータ/Restaourante La Casita Cocina Mexicana

オーナーシェフのコラム

第117章

唐辛子の特性

メキシコのメルカード(市場)を巡ると、各地域それぞれの唐辛子が何種類も山積みで売られている。それだけ国民の需要が大きいのだが、購入する際、彼らにとって一番大事なことは辛さではなく、それらが持っている香りと旨味なのである。サルサ・メヒカーナに使われるチレ・セラーノは突いてくるような辛味と共に、野趣な青い香りと瑞々しい果肉の旨味を兼ね備えている。大人の小指ほどの大きさだが、山地に育った自然のままの素朴さは実に味わい深いものがある。フレッシュなチレの中では断然の大きさ(15cmくらい)を誇るチレ・ポブラノも野性味溢れる青野菜の香りの中に、噛み締める旨さとほのかに漂う甘みが絶妙である。主に付け合わせや詰め物に使われる。形がリンゴに似ているチレ・マンサーノは強い辛さと甘い果実性が同居していて、パパイヤやパインを彩りにしたフルーツ系サルサなどに調理される。チレ・ハラペーニョやチレ・アバネロも生のまま、刻んだトマトや玉葱と混ぜてサルサにしているが、意外なことにメキシコでは酢漬けのチレ・ハラペーニョが好まれている。タコスに並んで全国的な大衆食トルタ、鉄板で加熱したハムやソーセージを煎り玉子や目玉焼きなどと炒め合わせたものを、薄い楕円形のコッペパンに挟んだものだが、アクセントとして欠かせないのがスライスしたアボカド、酢漬けのチレ・ハラペーニョのトッピング。安価でボリュームもありまさに庶民の味方、私も在墨当時、休みの度に近所のトルタやで空腹を満たしたものである。

コロンブスが大陸を発見した1492年、初めて唐辛子と遭遇するのだが、それまでの凡そ1万年間、先住民たちが食生活の糧にしてきたそれらは偉大な側面も忍ばせていた。狩猟採取時代には獲物の肉の香辛料として使われていたのか、農耕を始めてから気づいたのかは定かではないが、干したチレからは出汁が出るのである。乾燥させても15cm〜20cmの長さを持つチレ・パスィージャ、生はチラカと呼ばれ煮物などに利用されるが、前者は昆布の旨みを備え持つ。他にもチレ・アンチョ、チレ・ウァヒージョ、チレ・ムラートには昆布を香ばしくしたような風味がある。驚くのはチレ・ハラペーニョを干してから燻製にしたチレ・チポトレを加熱すると、まるで鰹節のような旨味が溢れ出る。残念ながら日本の唐辛子達にはとても追いつけない持ち味である。痩せた土地だと頑張る彼らにとってメキシコの石灰質土壌は、絶好の環境だったに違いない。他国だとタイ、ベトナム、韓国、中国の四川などの唐辛子達も、御多分に洩れず個性ある美味しさを披露している。超えた土のわが国では甘えて未熟なまま成長するので、過保護の状況で大人になったようなものである。唯一、メキシコ本国のそれに近かったのは、唐辛子祭りのイベントで出会った大田原の栃木三鷹、香りも味も申し分なしだった。唯、全国に出荷できる生産量ではないので、その方面に機会があれが是非、味わっていただきたいものである。