メキシコ料理の店 ラ・カシータ/Restaourante La Casita Cocina Mexicana

オーナーシェフのコラム

第120章

乾いたスープ

メキシコでの米の位置付けは五穀(米、麦、粟、豆、玉葱など)の類として扱われている。従って我が国のように主食ではなく、料理の付け合わせやスープの具材にされる場合が多い。メキシコシティから170km南西の街、タスコ周辺からメキシコ湾岸に沿った地域で、主にインディカ種が作られている。勿論、ジャポニカ種も食べられているが、長くて水分と粘り気の少ないインディカ米が好みのようだ。ユニークなのはその調理法。生米を加熱したたっぷりの植物油の中で泳がせて糠の癖を取るのである。イタリア料理のリゾットだとバターやオリーブ油で軽く炒めるくらいだが、なんとも大胆なやり方である。油を切った後、絞ったトマトとライムジュースに人参、ズッキーニ、青豌豆などの具材とともに調理されるのが一般的だが、白く仕上げる場合は玉ねぎやニンニクとともに水で加熱する。メキシコでは米料理はSopa de Arroz(米のスープ)、もしくはSopa Seca(乾いたスープ)と呼ばれ、スープを充分に吸わせた野菜料理として捉えられている。定食屋では液状のスープと共に提供されており、肉や魚の皿に添えられて、おかずのように食べられている。一流レストランだと顧客は富裕層が多いせいか、アレンジで海老や鶏肉などが加えられ、贅沢な一品の付け合わせとして調理される場合もある。在墨時、地方を巡っていた頃、ある店では香味野菜の風味豊かな白飯に挙げたバナナが乗っていた。その取り合わせの妙味に感動したのを覚えている。

代官山、旧山手通りのオープンに向けて準備を進めている時期、最大限の美味しさを求めてジャポニカ種のブランド米を使うことに決めていた。主食が米の日本では味覚が繊細で、安物だと客たちを失望させるのではないかと考えていた。この選択が後に思いもよらない効果を生むとは仕込みの当日まで、まだ知る由もなかった。前日、水洗いした米を半日干し、次の日、調理工程を経てオーブンから出した時だった。何と、ほぼ全量の米粒が半分割れているのである。品質が良すぎて芯がないのが理由だった。失敗だがもう一度50人分を仕込み直す時間はなかった。そのまま提供すると、開店記念に訪れた招待客の皆は口々に「何!この弾ける食感。美味しい!初めての味!」と絶賛の嵐である。こんな幸運が待ち受けていようとは夢にも思わなかった。その時以来、このメキシカンライスのファンは増え続け、失敗作のまま、40年仕込んでいる。何が幸いするかわからないが、オリジナリティ溢れる一品は顧客たちの間で自慢の種として語り継がれる事態に発展していった。相乗効果に恵まれたのはこれだけではなかった。米を加熱した油を海老や鶏、牛、豚などの献立の炒め油に使用したところ、良質の米の旨味、香りを持ち備えた最高の油に変身していた。偶然とは言え店の味を確立できた状況を鑑みると、持って生まれた何かが支配しているとしか思えない。与えられた結果に、日々感謝の念である。