メキシコ料理の店 ラ・カシータ/Restaourante La Casita Cocina Mexicana

オーナーシェフのコラム

プロローグ

料理との出会い、そして必然のようにメキシコ料理へ

衝撃の電流が体を駆け抜けた。一体何が起こったのだろう? それは19才の夏の事だった。

その前の年から神戸の著名なレストランで、アルバイトに従事する日が続いていた。

ホールの仕事に慣れ親しんだ頃、厨房の料理人から「ちょっと、中も手伝ってくれ!」と声をかけられた。「何をしたらいいんでしょう?」、「そこにあるサラダ用の野菜を切って!」

切り方を教わって包丁を持ち、切り始めた瞬間だった。緊張感では無く、鳥肌が立つのでも無い。手の先からつま先まで、全身の神経が微電流に感電したように戦慄(わなな)いているのだ。今の私を決定づける調理に目覚めた日の出来事である。それまでは漠然と料理に興味は持っていたが、プロの仕事場で職人の包丁を持たされた事に触発され、真剣に将来の自分を意識する願望の日々を過ごしてゆく。2年半ほど過ぎた頃、全ての献立を把握しフライパンも振らせてもらえるようになっていた。アルバイトに精進する余り、学業を疎(おろそ)かにしていた私に留年の知らせが届く。思い悩んだ挙句(あげく)の決断は、自身の体の疼(うず)きを信じて中退する事だった。

調理の道を志して新天地に飛び込んだ私を待っていたのは、思いもよらぬ疎外感であった。

徒弟制度の厳しさは覚悟はしていたものの、当時の現状は若くして料理人になる方が多く、年下の先輩方にとっては私が疎(うと)ましい存在であったはずである。組織化された西洋料理の現場はフランス料理が王道で、今日その奥深さを知らしめたイタリア料理でさえ皆無の時代であった。試行錯誤の日々が続く中、料理を通じて、自分自身を表現する意識を具現化する答えは、京外大で学んだスペイン語に拠所(よりどころ)を求める自分がいた。スペイン語圏の国々を考察した結果、メキシコ料理に行き着くことになるが、充分な知識や確固たる自信があった訳では無い。唯、この国の持つ陽気な明るさと太陽の国のイメージに、未知なる魅力を誘発させられただけの衝動であった。メキシコ料理に照準を合わせた私に、偶然にも京外大の先輩が経営している神戸のメキシコ料理店の存在が知らされる。即座に面接を申し込み、採用されたその日から期待に胸を躍らせながら調理に従事する日々が始まる。そんな私を待っていたのは?