メキシコ料理の店 ラ・カシータ/Restaourante La Casita Cocina Mexicana

オーナーシェフのコラム

第49章

全国かまぼこ連合会への創作メニュー提案

1976年4月某日、私は全国かまぼこ連合会本部の応接室にいた。「ゼンカマレン」の正体は全国蒲鉾水産加工業協同組合連合会。担当者は話を切り出した。「渡辺さんはメキシコ食事情に詳しいと、大使館の方から伺いました。つきましては、彼らが好む魚肉練り製品を考案していただけないでしょうか?」と、いきなりのお願いに依頼の主旨がよく理解できなかった。彼の説明によると、鈴木善幸農林水産大臣がメキシコ視察に訪れた際に、西海岸マサトランからプエルト・バヤルタ辺りで水揚げされる鯛や鱸(スズキ)、蛸、海老などの豊富な漁獲量は我が国の有益な輸入資源と捉えてきたが、しかし同時に網にかかるスケトウダラやサメなどは殆どが破棄されている。何とも勿体ない現況であり、逆に現地で有効に利用できる生産工場を設立すれば、メキシコの食品流通に一石を投じることができ、本国政府からも感謝される。こういう次第です。と、、、。時の大臣からの命を受けた現場は俄然張り切っていた。外交事情が絡む事態に驚きはしたが、調理の表現に飢えていたその頃の自分にはうってつけの役目かと思い、僭越(せんえつ)ながらやらせていただくこととなった。閃きや着想は皆無に等しかったが、面白く思えたことが救いだった。

では早速と、近くにある水産練り製品生産所に案内され、製造工程を拝見すると、スケトウダラやサメにとどまらず、グチやエソ、鯛、ハモなどの高級食材が小麦粉や卵白、山芋と絡み合い、蒲鉾や竹輪、はんぺんなどが、いかにも美味しそうにできあがる様が展開されていた。昆布で巻いてみたり、色をつける、油で揚げたりと、様々な工夫が凝らされている日本伝統の食文化を、如何にしてメキシコに馴染ませるのか。容易ではないと感じた。数週間の時間をいただいて、本国の民衆に根付いている唐辛子類、アボカドやチーズ、トマトやトウモロコシなどの野菜類、海老や蛸、鶏ブイヨンの旨味など、約20種程度のアイデアをまとめ、レポートを提出してみた。しばらく返事が来ず、採用されなかったのかと気を揉む日々が続いた。余りにも放置された状況に思い切って電話をかけてみた。意外な返事が返ってきた。大臣は北方領土の交渉のため、外務省に任命されました。従ってこの事業は中止になりましたと、にべも無い対応だった。連合に対する義憤は感じたが、夢中で取り組んだ時間の充足感で補うしかないと、忘れることにした。それから30年経ったある日、縁があって蒲鉾販売大手、鈴廣の社長と話す機会があり、過去の思い出として当時の出来事を聞いていただいた時のこと、驚愕する事実を耳にする。「渡辺さん、それらの製品はメキシコでずっと作っていますよ。」 何だか昔の友に巡り会ったようで、妙に嬉しかった。