メキシコ料理の店 ラ・カシータ/Restaourante La Casita Cocina Mexicana

オーナーシェフのコラム

第123章

パスタのプリンスの死

2019年3月中旬、突然の訃報が入ってきた。「料理の鉄人」で対決した神戸勝彦氏の死である。伝え聞くところによると、高所で仕込み中に転落したとのこと。あまりの衝撃に声を失い、しばらく呆然としていた。この20年間、彼が恵比寿に店『Ristorante MASSA』を構えてからは、お互いが訪ね合う機会が増えていた。私が予約を入れると燃えるのか、定番のコースだけではなく、即興で幾つかの皿を調理してその実力を示してくる。「パスタのプリンス」と異名をとっただけに、その表現は多彩の極みで、特に和野菜類を絡めたそれらは、食材の個性を見事に引き出していて感服した覚えが何度もある。最後にお会いしたのは、渋谷の有名ホテルで19年ぶりに開催された「料理の鉄人同窓会」であった。これまでの歴代の鉄人、100名を超える挑戦者、番組スタッフ達が揃う会場は熱気に包まれていた。鉄人たちが自慢の料理を持ち寄り、陳さんのご子息が得意のメニュー類を振る舞う宴は豪華で贅沢な時間だった。これだけの料理人が集うのは稀なことなので、彼方此方で談義に華が咲いていた。全員で記念写真を撮り終えた帰り際、近寄ってきた神戸さんは「さっき二人で撮ったツーショットをラ・カシータに展示してある対決当時の写真の横に並べて欲しい。あの頃は20代後半、もうこんなに歳をとっちゃった」と笑っていた。あの時のはにかんだ素敵な笑顔が今も忘れられない。

思い返せば、この番組の審査員たちはとても厳しく、時には辛辣な批評を口にしていて、とても怖い思いを感じていた。毎週のように観ていたが、判定の試食の際には、双方に緊張が漂う雰囲気があった。各審査員の持ち点は20点、内訳は盛り付けが5点、創造性が5点、そして味が10点である。辛口の審査員の評価は毎週13〜15点が大半を占めていた。いざ自分が戦いの現場に立った時、心に命じたことがある。前者二つは1点ずつ負けても、味は負けたくない。全身全霊で立ち向かう覚悟で勝負に臨んだ。終了1分前に6品を完成させた直後のインタビューで、「鉄人には勝ちましたか?」の質問に、「相手の調理は見えなかったので解りませんが、マンゴーには勝ちました」と答えたコメントが素晴らしいと、しばらくの間、店の顧客たちの間で話題となったのを覚えている。結果発表で私の判定は18点、何と神戸さんは20点!後にフジテレビから出版された「料理の鉄人大全」の中で、「自分の料理で一番出来が良かったマンゴー対決が印象深い」と語っている。『Ristorante MASSA』の開店祝いで伺った折、渡辺さんとの戦いが一番熱く燃えたと吐露してくれた。お互いに食材へ向き合う姿勢に共感を覚えていたのかもしれない。享年49歳。奇しくも私が対決した時の年齢である。まだまだこれからの調理人生があったはず。イタリアンの俊才、神戸勝彦、残念無念だが、ご冥福を祈るばかり。