メキシコ料理の店 ラ・カシータ/Restaourante La Casita Cocina Mexicana

オーナーシェフのコラム

第132章

メキシコの干し肉

私たちの食卓に馴染みの深い干物といえば、鯵、鯖、鰯、シシャモ、𩸽、秋刀魚など、海の幸が主流である。そのまま刺身、煮物、焼き物でも十分美味なのだが、一夜干しにすると熟成し、得も言われぬ絶妙な味に変貌する。陸の物では大根、芋、柿などがよく知られている。出汁に使われる昆布や椎茸類、特に冬子と呼ばれる晩冬から初春にかけて採られる椎茸を乾燥させたものは最高級品である。メキシコも唐辛子類を乾燥させて出汁を摂る習慣がプレ・イスパニカ(スペイン文化到達以前)の時代から根付いている。メキシコ中央高原では、この時代から続いている意外な食習慣がある。なんと肉類の乾燥干しである。総称、セシーナ(Cecina)と呼ばれるそれらは、牛、豚などの薄切り肉に塩を振り、天日にさらした独創性溢れる見事なものに仕上がっている。先住民の末裔が色濃く残るオアハカ近郊では、牛肉はタサホ(Tasajo)、オレアーダ(Oréada)、豚肉はセシーナと呼び分け、双方、そのまま焼いて調理しても美味だが、甘味のある唐辛子(チレ・アンチョ)のペーストやニンニクなどを擦り込んだ「セシーナ・エンチラーダ」は絶品である。その他の地域、チアパス州では鹿肉だったり、牛肉のロース部分を干し、酸味のあるオレンジ果汁に一晩漬けたものや、牛の骨髄を塗り付けたタサホなど、味わい深いバリエーションが各地に継承されている。

本国にはさらにユニークな干し物が存在する。一晩干した骨付き豚ロースを数分間、樹脂の少ない木材の煙で燻したチュレタ・アウマーダ(Chuleta Ahumado)である。メキシコの山々は年間を通して乾燥しているので、いつでも生産されていて、スーパーで手軽に購入できる人気商品である。保存食としての燻製とは異なり、十分に旨味を備えた身に香り付け程度の燻製を施したそれは、焼くと香りだけでも美味しさが期待されるが、表皮はパリッと、内側はジューシーで、まるで高級ハムのような傑作に仕上がる。日本では11月下旬から2月いっぱいくらい、気温が13〜14度、湿度が40%以下の状況が仕込みに最適で、毎年、店の恒例となっている。1日に何枚かしか干せないので、待ち望んでいる顧客たちの予約でほぼ売り切れてしまう。クリスマスの時期に作る若鶏の骨つきもも肉を開いて干した「ピエルナ・デ・ポーシャ・アウマーダ」も毎年心待ちにしている方々が数多くいる。我が国の干物も産地が変われば味わいも違ってくる。メキシコを含め、北海道、沼津、熱海、長崎など、それぞれのロケーションや風や気候状況が育成するそれらの持ち味は、その地の風景が漂うような味を感じさせてくれる。決して気障な意味合いではなく、前述の思いで、顧客たちには「代官山の風で干しました」と付け加えると「おしゃれね〜」と満面の笑みで喜んで貰えている。