メキシコ料理の店 ラ・カシータ/Restaourante La Casita Cocina Mexicana

オーナーシェフのコラム

第131章

店のまかない

飲食業における「賄い(まかない)」の言葉には人々の心を惹きつける響きがある。その美味しさをキャッチコピーにした求人誌の情報や、TBSの「チューボーですよ!」では若手の技量、センスを図るコーナーが企画されたり、各シェフたちが一堂に介して何冊もの本が刊行されてもいる。あまり物や安価な食材を購入して如何に美味しく仕上げるかは、その調理人に与えられたチャンスでもあり、実力を発揮して評価を得られれば、本人の自信に繋がってゆく。我が店でも私を含めて、歴代のスタッフたちが工夫を凝らした品々が継承されてきた。鶏のチリソースやカニ風味の蒲鉾を使った天津丼、残り物の赤ワインを利用したスパゲッティ・ミートソース、牛脂を挟み込んだハンバーグ、ブラックペッパーを叩き潰し、豚ロース肉に思いっきり塗して焼き、安いウィスキーでフランベしたペッパーステーキ、アボカドの果肉を練り、チレ・ハラペーニョをアクセントにしたタルタルソース、小海老、玉ねぎ、人参の掻き揚げをご飯に乗せて天つゆをかけたものなど、挙げれば枚挙に暇がないが、仕事への活力を引き出す意味でも賄いは欠かせない食事である。メキシコ料理店なので、顧客たちからは毎日店のメニューばかりを食べていると思われがちだが、前述のように着想豊かな献立が揃っている。

実はラ・カシータには「まかない本」が存在する。格好をつけて作成したわけではない。きっかけはもう30年も昔になるが、私があり合わせの材料で調理すると、その美味しさを学びたくて、当時の厨房にいた子たちがノートに書き記す出来事から始まった。レシピがあって調理した物ではないだけに、彼らは感動してくれていた。目の前にある食材から浮かび上がってくる切り方、配合の分量、加熱の順序、味の仕上げは頭の中に残っている。彼らのためにワープロで記録を綴り、誰でも調理できるようにファイルした調理法がいつの間にか増えていったのである。簡単で手早く旨い一品を作り上げるライブ感は料理人冥利に尽きる瞬間だったに違いない。例えば、大根卸し、ツナマヨ、なめ茸に貝割れ大根を散らしたスパゲッティ、うざくの鰻は高価なので、焼いた秋刀魚の身をほぐした「さざく」、昆布で出汁を引き、豚バラ肉とキャベツを茹でた鍋を生姜醤油で、八角、山椒を利かせた豚バラの角煮、鶏肉に焼き色をつけ、併せ調味料(酒、味醂、醤油、ザラメ、出汁)を絡めた雉焼き、豚肉、もやし、ししとうを炒め合わせた焼きうどん、細切りにした豚肉をあんかけに調理して湯通しした厚揚げにかけたもの、豆板醤風味の豚肉、ポテトの皿、まだまだ書き足りないがオリジナルな作品集として厨房の皆に重宝がられている。教え子たちの中には、独立してから自分の店のメニューにツナスパやキャベツ鍋を提供した子もいるほど、それぞれの味には定評があるようだ。