メキシコ料理の店 ラ・カシータ/Restaourante La Casita Cocina Mexicana

オーナーシェフのコラム

第11章

思いもよらぬ恩師との再会、さらに深まるメキシコ料理への情熱

代官山に開業して5年も過ぎた初春の頃だった。日本テレビから連絡があり、開局30周年の記念特別番組「世界料理大賞」の手伝いを依頼されたのである。番組の要旨は、フランス、イタリア、スペイン、中国等、世界の主要14ヶ国の一流レストランのシェフ達を一同に集めてグランプリを競わせるもので、しかも、2時間生放送で進行させるという途轍も無い企画であった。自分の役目はメキシコ担当のフードコーディネーター兼、通訳。日本で揃う食材と本国から持ち込まなければ無理なものや調理道具、食器などの打ち合わせが進む中、嬉しい事実が判明した。私が修行をした店が選出され、師と仰ぐSr. GABRIEL ESPINOSAが来日するというのだ。何という偶然だろう。勿論彼は私がこの番組に携わっている事は知る由もない。再会を心待ちにして準備は進んでいった。有り難いことに当時、研修生を受け入れた縁で懇意にしていた新宿調理師学校の師範にお願いをしたら、学内の調理施設をリハーサルに使わせてもらえることになった。何せ総勢30名余の世界のトップレベルの料理人がその腕を競う世界初の番組、学校側にとっても最高の宣伝材料になると了承された模様である。時は1983年4月、正に決戦の火蓋が切られようとしていた。

喜びの再会もそこそこにリハーサルに付き合った私は、目の当たりに見たプロの仕事人達の技に敬服していた。隣にはフランスから招かれたセルジュ・チヴォー氏の調理場所。その横は先代の湯木貞一氏率いる京都吉兆。まるで本番さながらの緊張感の中での調理実習。こんな贅沢な光景は壮観と言う言葉だけではとても表現出来ないものであった。明くる日、当時としてはまだ珍しい英語とのバイリンガルの生中継にはさらに驚かされた。会場は赤坂プリンスホテルの大広間。来賓は外務大臣、農林大臣、文部大臣、日本駐在の各国大使夫妻、そして味の権威を誇るそれぞれの国の料理評論家、森英恵さんや池田満寿夫さん、日本の女優陣を配した席数は200名を超えていた。テレビ番組の域を超越した現場に居合わせた経験は、その後何度も自身を奮い立たせる糧となったのである。フランスの優勝で幕を閉じた終了後、師匠を代官山の店に招待した。束の間ではあったが料理を馳走し、お褒めの言葉も頂けた。日本にメキシコ料理を普及させる使命感がより芽生えた一時は、28年経った今、ひときわ感慨深いものがある。