メキシコ料理の店 ラ・カシータ/Restaourante La Casita Cocina Mexicana

オーナーシェフのコラム

第34章

味で勝負! 憧れのTV取材

料理店を志(こころざ)した限りは、味の旨さを誇示したいのが調理人としての本音であろう。そこには万人が期待する一定水準を遙かに上回る現実を突きつけ、相手に思わぬ感動と発見を知らしめる結果に導くことが求められる。だが「言うは易く行うは難し」で、なかなか思い通りにゆくものではない。旧山手通りに開店した頃、自分自身の力量には確信があったが、果たしてそれが通用するものかは手探りの状況の日々が続いていた。定評を得る指標として当時、一つの憧(あこが)れがあった。それは美食を追求する雑誌のページやTVの料理番組のコーナーに取り上げてもらう夢だった。その頃の時代風潮はフランス、日本、中国料理が主で、たまに洋食、インド料理が挟まれるくらい。イタリアンでさえも皆無に近い取材範囲で構成されていた。そんな折、毎日新聞社から一本の電話が幸運を告げてきた。グルメ評論の第一人者、荻昌弘氏が連載するサンデー毎日の一頁の取材依頼であった。タイトルは『味で勝負』。全国津々浦々の覆面取材の下に候補が挙がり、荻先生自らが試食に出かけ、OKがでるとようやく編集部とご本人が動く、実(まこと)に選考基準の高いものだった。時は1980年の春。この大きな出来事が更なる好(こう)運を呼び込むことになる。

テレビ東京の看板料理番組『すばらしい味の世界』からの撮影依頼はその年の初夏の頃だった。超一流の店しか選ばれない正に雲の上の存在からの知らせに驚きを通り越し、厨房のスタッフ全員は沸き立っていた。後日の打ち合わせで7回の放映分、前菜、軽食、一品料理まで計7品目を決め、収録の当日が来た。都内のスタジオを貸し切り、静寂の中カメラは回り始めた。最初の献立は蛸のレモン漬け。お茶っ葉でボイルした真蛸を薄切りにしてレモン果汁に浸したものに、玉葱、青唐辛子、トマトを粗微塵に切り、オレンジ果汁、香菜と共に混ぜ合わせ、塩で調味する。トマトを主に玉葱、ニンニク、青唐辛子を加えたサルサを作り、とうもろこし粉を練り、薄く円形に伸ばしたトルティージャを焼く。数種のチレをラードで焼き、ゴマ、アーモンド、干し葡萄、チョコレート等でモレソースを仕上げる。トルティージャを三角に切ったものをラードで揚げ、トマト、鶏肉、チーズで煮込む。牛フィレ肉を帯状に切り開いたものを塩で焼き、アボカドが主のワカモーレを添える。汗をかくほどの照明の中、全ての工程にカメラはアップで迫り、音声マイクは海老がフライパンの油に跳ねる音、下駄を履かせたまな板で包丁が食材を切る小気味よい響きを捉える。朝一番に始まった撮影は気が付けば夜になっていた。調理音を重視した伝説のこの番組を超えるものは今も無い。