メキシコ料理の店 ラ・カシータ/Restaourante La Casita Cocina Mexicana

オーナーシェフのコラム

第39章

高校課外授業、そして文化祭

メキシコ料理を考察するにあたって、僭越(せんえつ)ながら自書以外に日本語参考資料が乏(とぼ)しいのは寂しい限りではあるが、その分の重責を踏まえて、まだまだ精進する気持ちが衰えないのは恵まれた事例かもしれない。料理教室や地方への料理指導の出張など、必要とされれば所構わず己の力を存分に発揮して開拓してゆける意欲は充分に備えている。高校の課外授業のお願いを受けたのは、2002年2月に最初の専門書を刊行してからしばらくの頃だった。学校名は千葉県立松戸国際高等学校。県内屈指の名門校である。依頼はメキシコ料理を味わいながら食文化の歴史を学ぶ内容で、聴講生は学内サークル調理部の面々だった。季節は夏の訪れを感じさせる週末の午後。顧問の先生と部員、総勢20余名を対象に前菜、軽食、一品料理等、全て伝統料理に基づいて、その時代的背景、地域における各食材の特性、スペイン人到来に由来する融合性、また近代メキシコとアメリカ合衆国との交戦における歴史的侵略の影響など。約3時間の講義が終了した時点で、先生と生徒たちの目は見開き、食事を遂行することも忘れてノートに見入っていた。質疑応答にも向学心に燃えた質問が相次ぎ、半ば興奮状態で彼女たちは帰路についた。濃密な授業に心を動かされたのか、この出来事が次につながるとは思いも寄らなかった。

夏も過ぎた頃だった。顧問の先生からの連絡は『あれから生徒たちは盛り上がっており、是非、秋の文化祭でメキシコ料理のフルコースをやりたいので調理指導をお願いしたい。遠いところですが来ていただけますか?』とのお話だった。快諾した私は、スタッフ1名を従え、当日の朝、上野から常磐線を経て新京成線八柱駅に降り立った。校内の調理設備は想像以上に整っており、下級生も含めた部員30余名に対する実習がスタートした。サルサや献立に使う野菜や唐辛子の下処理、メキシカンライスの調理工程に必要な米を油で揚げる下準備、トルティージャ生地の丹念な練り方、それの応用・活用法、また鶏煮込み用サルサの仕込み、そしてデザートの作成など。日曜日丸一日を費やした時間は、気が付けば10時間を超えてはいたが、生徒たちの完遂した充足感に溢れる笑顔に疲れも忘れていた。彼女たちの貴重な小遣いから捻出された心付けのギャラも受け取るのが申し訳ないほどの拍手と歓声の中で終えた講習の成果は、後日、招待された本番の会場に見事に表現されていた。料理の出来映えも完璧だったが、所狭しと張り巡らされていた蘊蓄(うんちく)を披露する紙には、講義を充分に理解した知識が説かれていて、文化祭ならではの意味のある経験だった。この時の先生や生徒たちは、今でも店に通ってくれている。