メキシコ料理の店 ラ・カシータ/Restaourante La Casita Cocina Mexicana

オーナーシェフのコラム

第45章

ゴーダチーズとの運命の出会い

案外、知られていないが、メキシコは中南米切ってのチーズ大国である。ヨーロッパから受け継いだ技法は、およそ400年の期間に、この国の土壌・風土に育まれ、根付いた個々の種類は、他の国に例を見ない独特の風味・成り立ちを醸し出す特有の製品として各地域に存在している。短期熟成のリコッタチーズのようなケソ・アニェッホ(Queso Añejo)は、手で触れるとボロボロになるくらいのフレッシュなもので、最も一般的にフリホーレスやエンチラーダスのトッピングに使われる。モッツァレラのような味わいを感じさせるケシージョ(Quesillo)と呼ばれるオアハカのチーズは、強い弾力があり、火を通した鶏肉を裂くように、手で裂くことが出来る。そのまま耐熱皿に溶かし、トルティージャに巻いて食すケソ・フンディードが有名である。濃厚な旨味をもつケソ・マンチェゴ(Queso Manchego)は、味が滑らかで、口当たりは我国のメルティングチーズにおおよそ近い。柔らかくて淡白な味わいのケソ・パネラ(Queso Panera)は、ワカモーレと共に前菜に。北海道十勝を思い起こさせる持ち味のケソ・チワワ(Queso Chihuahua)、煮込み料理などに使用される塩味の強いケソ・フレスコ(Queso Fresco)等、メキシコらしさを滲ませた風合いのものがどこの市場にも溢れている。

公園通りに店を構える準備に奔走していた時期、唐辛子と共に、チーズも最大の課題であった。1970年代の時代背景は、現在のように手軽に入手出来るイタリア食材も皆無で、チーズといえば石鹸のような日本製が主であった。唯一、アメリカKRAFT社のチェダーが輸入食材品店で売られていたが、米国民好みの癖のある味が強すぎて使う気にならなかった。そこで、食材輸入会社に頼るしかないと、電話帳に掲載されているそれぞれに片っ端から尋ねる一歩から始まった。約100社程あった相手先の殆んどが、予想通り米国中心の営業活動だったが、一割ほどヨーロッパのものを扱っている会社がみつかった。メキシコ産は不可能にしても、それらの試食を試みようと連絡を取り、各営業マンの方々にご足労いただいた。そして奇跡が起きたのである。何と、たった1社が取り扱っていたゴーダチーズが、旨味も香りも充分に満足のゆくものだった。それは、オランダFRICO社が製造している15kgの途轍もない大きさの製品で、果たして賄いきれるかどうか不安はあったが、即、決断を下し契約を結んだ。ラ・カシータのチーズ献立の基盤が確立し、誇りと自信を胸に提供出来たスタートから、早いもので36年。恵まれたことに相手も企業継続を重ね、現在も取引が続いている。余談ながら、当時の担当だった外回りの彼は、今、常務取締役として社の重鎮となっている。