メキシコ料理の店 ラ・カシータ/Restaourante La Casita Cocina Mexicana

オーナーシェフのコラム

第77章

NHK『あさイチ』

明治、大正、昭和初期の頃の歴史に刻まれて来た我が国の西洋料理は、フランス料理が主たる位置を占め、その味覚にあやかるには提供している会館等に出向くのが通常で、一般家庭の食卓とは無縁の状況であった。当時、そこに携わった料理人たちが独立を果たした時、大衆に分かり易くそれらの美味しさを如何に表現したら良いのかを考えたに違いない。その調理現場で会得した技術をそのままにひけらかす事なく、追い求めた結果が、キャベツの千切りが付け合わせのポークカツレツだったり、カレーライスに姿を変えていく。戦後復興の折からは、ビーフシチューやチキンライス、カツサンドやオムライスなどが加わり、中国料理では天津丼や中華そば、更に伝説の料理人が回鍋肉やエビのチリソースを創作する。およそ100年の時を有して根付いたこれらは、今や全国の家庭で誰しもがチャレンジできる献立に確立されている。その根源にあるものは云うまでもなく、食べたくなる美味しさが期待できるから。メキシコ料理に拘って40年、「この時代に私がやるべき事は?」と心が揺れ動くこの頃である。彼らが懸命にこだわって来たものはやはり現場第一主義。その日の客たちに感動と満足感を味わってもらうベストライヴである。手間や労力を惜しまないモチベーションが一皿、一皿を支えている。

NHKの人気番組『あさイチ』から出演依頼の連絡があったのは、『きょうの料理』の放映後、一ヶ月が経った頃だった。お世話になった調理補助の彼女たちから熱烈な推薦があったと聞かされた。感謝の気持ちが胸に満ち溢れたのを覚えている。絶好の機会が訪れた。またも全国区のオンエアで披露できる未来への布石を与えられたチャンスを断わる術は無い。快諾である。後日、試食と打ち合わせに来店したディレクターは「こんなに美味しいなんて!」とご満悦だった。生放送で15分も出演時間が貰えれば充分過ぎるくらいである。当日、店のスタッフ一人とともに早朝7時に局入りして準備が始まった。サルサやワカモーレの家庭での活用例は以前と同様だったが、今回は海老のタコスもゲスト達に提供できた。ライヴなので台本はなく、進行の流れで話は盛り上がり、盛況のうちに終了し、メイクを落としている時だった。顧客である俳優さんから「渡辺さん、今日も美味しかったよ」と声をかけられた。期待に応えられたことにホッとしていた。その後、試食できなかったスタッフ達から食べたいと哀願され、残っていた食材で10人前くらい提供したら、大層喜んでいただけた。一瞬ではあるが、メディアの現場に記された美味しさの発見が語り継がれ、いつの日か興味の対象として気付かれるならば、年月はかかっても役目を果たして行ける思いが心に広がった。驚いたのはNHKの放送網である。世界で活躍する顧客達から、ブラジルや上海で観たと報告された事。いやはや流石天下の国営放送である。