メキシコ料理の店 ラ・カシータ/Restaourante La Casita Cocina Mexicana

オーナーシェフのコラム

第114章

住民食文化にラードが貢献

1521年以降、メキシコ先住民の食生活に大きな変化が訪れる。スペイン人によって持ち込まれた豚から摂れるラードで揚げ物が作られるようになったことである。それまでの焼く、煮る、蒸すに加えて調理の幅は大きく広がった。安価で重宝な油は徐々に民衆に受け入れられ、マサ(とうもろこしの生地)でチーズを包み揚げたケサディージャ、野菜や挽肉を包み揚げたガルナーチャ、チレ・ポブラノ(唐辛子)に詰め物をして衣を付け、揚げたチレス・レジェーノスなど枚挙にいとまが無いが、独創性溢れる品々の彩りに欠かせないものとなっている。彼らの主食であるトルティージャのユニークな調理法がある。冷えて時間の経ったものは小さく切ってラードで揚げ、様々に活用するのである。揚げたものをTOTOPO(トトッポ)と呼ぶが、元々はプレ・イスパニカ(スペイン文化到達以前)の時代、数千年に渡り使われていた名称である。充分に加熱して堅く焼いたトルティージャを手で割り、サルサや煮込みに使って食していた歴史は、他国に例を見ない独特の文化である。揚げることによって香りも風味も増したトトッポはメキシコ料理の進化を物語るものであろう。代表的な献立にチラキレスがある。その昔は野草と共にトマトで煮ていたが、近代はトトッポに鶏肉、チーズを加えてトマトで調理する形が普及している。メキシコ独自のとうもろこし活用法には感心させられてしまう。

ラ・カシータでも開業以来、ラードは必要不可欠な油となっているが、調理工程の流れの中で思わぬ相乗効果が生まれていた。毎日のように作るトトッポがその香りと旨味をラードに与えていたのである。丁度、鰻屋が自慢する蒲焼きのタレのように、店の味の基盤が偶然構成されていた。フリホーレス・レフリートス(二度炒め豆)、豚の胃のタコスに加味されるその美味しさは、長年の常連客を裏切らない味の決め手となっている。エンチラーダスも然りである。トルティージャに鶏肉などの具材を挟み、赤や緑、モーレなどの唐辛子ソースをかけたものであるが、修業時代に習得した一手間が重要な要となっていた。焼きたてのトルティージャをラードに潜らせる作業である。トルティージャもしなやかになり、美味に変貌する。こうして仕上がった皿は顧客を魅了し、数多くのリピーターを増やしている。最初の渡墨でメキシコ本国の屋台やメルカード(市場)でアントヒートス(惣菜)を口にしたとき、ふと懐かしさを覚えた瞬間があった。昭和30年代、子どもの頃、市場で買ったコロッケや鯨カツに共通した風味が感じられたのである。後にそれがラードだと知ることになるが、戦後復興の中で庶民に親しまれた、安くて使い勝手が良く風味豊かなラードは我国でも大衆惣菜の見方だった。近来健康志向の風潮からラードは敬遠されているが、是非とも推奨したい油である。