メキシコ料理の店 ラ・カシータ/Restaourante La Casita Cocina Mexicana

オーナーシェフのコラム

第116章

ハラペーニョとアバネロ

近来フレッシュなメキシコ唐辛子の類が、スーパーやデパートでも売られるようになってきた。ふた昔前には考えられなかった状況である。勿論、この国では夏だけの限定品だが、これまでの青唐辛子に比べると格段に美味しく、使い勝手も良くなっている。千葉・茨城・沖縄・京都など全国各地に生産者が増えたのも、調理人だけでなく一般庶民の需要が大きくなったのが要因であろう。とりわけて人気があるのがチレ・ハラペーニョ。それぞれの生産者地域の環境で育まれたそれらは、メキシコ独自の辛味・香り・持ち味を備えながら微かに和の風味を醸し出している。先日も店と取引のある京都の業者の紹介で、新宿伊勢丹デパートにて調理ライブを行ってきた。チレ・ハラペーニョを使った家庭でも簡単にできるオリジナルサルサ3種の披露は来店客たちだけでなく、アシストいただいた専属シェフたちにも好評だった。特に喜ばれたのは、サルサ類の食卓での活用である。ホットプレート上の焼物類、豚カツ、肉団子、鶏笹身の蒸し物、焼き魚などとの調和は彼らを驚かせた。あまりの評判に再度呼ばれ、キッチンブースの調理が終わってから、地下の厨房で寿司職人への実演を依頼された。巻物にワカモーレが抜群の相性なのは「NHK きょうの料理」で実証済みだったので確信はあったが、相手の感動は予想を超えるものだった。創作手巻きの売り場には、そのうち、新商品が並ぶことになるだろう。

チレ・ハラペーニョの呼称は今や世間一般、多くの人々に認識されるようになったが、メキシコ本国では元来「クアレスメーニョ」の名で知られている。ほぼ全土で生産されているが、港町ベラクルスの北西約90kmに位置する州都Jarapa(ハラパ)の給料地帯で育ったそれらが最良の美味と評価され、ハラパのクアレスメーニョとして出荷されるようになった。因みにハラペーニョはスペイン語で「ハラパ」の意である。私の修行時代、厨房では双方区別されていたが、今はどうなのだろうか…。マヤの聖地、ユカタン半島に根付いているチレ・アバネロ(Habanero)の名も、すぐお隣の国キューバ共和国の首都ハバナ(Habana)に由来する。「ハバナから」を意味するこの唐辛子が、いったいいつ頃からユカタン州に群生するようになったのか非常に興味がわくが、いつか知りたいものだ。州都メリダの市場で遭遇したチレ・アバネロは、近くの村の畑で採れたもので、その強烈な印象は強く記憶に残っている。麻酔を打たれたように身体を包み込む香り、突き刺してくる痛みの辛さの中にほのかに漂う果実の甘味。胎座に触れると火傷しそうな身の危険を感じた覚えがある。現在日本で流通しているそれらの10倍くらい存在感があった。メキシコ本国の地元で育ったチレたちは個性豊かで、その持味を充分に発揮している。次回はチレたちに与えられた偉大な力について