メキシコ料理の店 ラ・カシータ/Restaourante La Casita Cocina Mexicana

オーナーシェフのコラム

第118章

調理に欠かせない葉っぱ

メキシコ料理の調理に欠かすことの出来ない二つの葉っぱ、Cilantro(シラントロ)とEpazote(エパソテ)。前者はコリアンダーの生葉、後者はアリタソウと呼ばれる野生の茶葉である。日本でも一時期のタイ料理ブームのおかげで、シラントロはパクチーの名で広く知られるようになった。香菜(シャンツァイ)とも呼ばれ、現在では世界中で栽培されている。調べてみると原産は地中海地方、その歴史は古く、紀元前1550年の医学書「エーベルス・パピルス」やサンスクリットの書物などに、料理法や薬としての使い方が記されている。聖書にも登場していて、髪がイスラエルの民に与えた食べ物マナについて、コエンドロの種のように白いと形容している。(出エジプト記16章31節)*参考文献:「スパイスブック」山と渓谷社。メキシコ修行当時、最初はその香りと癖のある味に抵抗があったが、日々暮らすうちに、いつの間にか好きになっていた。シンプルだが、玉ねぎとシラントロの生葉を刻んだだけの薬味は、中東方式で肉を重ねて横火で焼いた「タコス・アル・パストール」や厚めのマサ(トウモロコシを練った生地)で食用サボテンなどの具材を包んで焼いた「ゴルディータ」には必要不可欠なものである。又、完熟した緑のトマトで作るサルサ・ベルデや、赤いトマトが定番のサルサ・メヒカーナにもシラントロはその香りと風味で独特のアクセントを与えている。

ラ・カシータを開業した1976年の頃は手に入れる術はなく、止む無くサルサ・メヒカーナはシラントロ抜きで調理を講じたが、結果的にトマトの風味豊かなサルサが評判を呼び、常連客は増えていった。あれから40年余、現在も当初のレシピで仕込んでいる。旧山手通りにオープンした頃、親しくなったメキシコ大使館の方に種子をいただける機会があった。夏にプランターで栽培を試みたところ、小さい葉ながらも育ってくれたので、蛸のセビッチェ(レモン漬け)に使ってみた。顧客だった食通で知られる映画評論家の、故荻昌弘先生の目に留まり、「美味しいね。シャンツァイが潜んでいるのがいいね!」と絶賛され、後日、先生の著書「味で勝負」に掲載していただいたのを懐かしく思い出す。エパソテも本国メキシコでは、フリホーレス(インゲン豆の煮たもの)やトルティージャスープ、モーレ・デ・オージャ(牛肉と野菜の煮込み)、緑のモーレなどに欠かせない食材である。ナワトル語の「epazotl」が語源であるところから考えると、先住民たちが数千年に渡り、食生活に取り入れてきた歴史が窺われる。鄙びた香りと微かな酸味、独特の風味はそれぞれの献立にメキシコ料理の独自性を顕著に表している。太鼓の昔から食の来歴を築き上げてきたメキシコの方々は、スペイン人来訪の後も揺らぐことなく、先祖の伝統を守り、個性溢れる食文化を歩み続けている。