メキシコ料理の店 ラ・カシータ/Restaourante La Casita Cocina Mexicana

オーナーシェフのコラム

第128章

テキーラとマルガリータ

メキシコの酒といえばテキーラ。ハリスコ州の州都であるグァダラハラから約50km北西にあるテキーラ村で醸造・蒸留生産されているメスカル(竜舌蘭から作られる地酒)にその称号が与えられている。村の周りは原料であるアガベ・アスール(竜舌蘭の一種)の畑で囲まれ、たくさんの造り酒屋が林立している。2006年にはアガベ畑の景観と伝統的なテキーラ工房が世界遺産に登録された。国を代表する酒だが、地元や観光地などを除いてはあまり一般的には飲まれてはいない。私谷の日本酒と同じく存在は認識しているが、日常的にはやはりビールが好まれているのがメキシコの酒事情である。一昔前は日本でのテキーラのイメージは、その度数の強さから、まるで罰ゲームの酒さながらの位置付けだったが、近年、テキーラ協会が設立され、幾人ものテキーラ・ソムリエが養成されている現状が時代に変化をもたらせている。ショットで飲む場合はライム、塩と共にがよく知られているが、通の方々はサングリータ(血液ちゃん)を注文してくる。トマトジュースに唐辛子味をつけたものだが、その真っ赤な色合いから上記の呼称が付いている。さまざまな作り方があるが、店のそれは、トマトジュースにフレッシュオレンジの果汁、香り高く、旨味のあるチレ(唐辛子)を入れ、刺激のあるチレをアクセントに加えている。常連客の評判も良く、テキーラを嗜むときの絶好の友である。

テキーラのカクテルはマルガリータがダントツにその名が知られている。1949年、ロサンゼルスで生まれたこのカクテルには悲しい逸話が残されている。考案者のバーテンダー、ジャン・デュレッサーが自信作として完成させた時、彼はメキシコ生まれの亡き恋人の名を付けたのである。若き日、共に狩に出かけた折、流れ弾に当たって彼女は亡くなってしまった。忘れられない恋人の名のついた当初のレシピは、テキーラ45ml、ライムジュース30ml、レモンジュース30ml、ホワイトキュラソー(オレンジ・リキュール)7mlをバー・ブレンダーでブレンドした。かなり酸味の強いカクテルだった。現在はテキーラ40ml、ライムジュース20ml、ホワイトキュラソー(またはコアントロー)20mlをシェイクするスタイルがカクテルブック(参考文献、西東社、柴田書店)に掲載されている。このカクテルも全米では人気があるが、本国メキシコでは前例の場所を除いてはほぼ飲まれていない。旧山手通りにオープンした1978年、米国に対抗した訳ではないが、オリジナルを作ろうと意気込みに燃えていた。いくつかのテキーラ、ライムジュースを選び、配合を変え試行錯誤を繰り返した結果、門外不出のレシピが出来上がった。あれから40年余り、リピーターは増え続け、何杯もおかわりしてくれる大ファンが何人もいる状況である。彼らの誉め言葉は日本一、少し照れ臭いが、もっとの美味しさを追求するモチベーションは調理人としての使命だと感じている。