メキシコ料理の店 ラ・カシータ/Restaourante La Casita Cocina Mexicana

オーナーシェフのコラム

第129章

NHKでの調理

NHKからの調理依頼が舞い込んだのは、平成最後の年となる2019年の年始初頭だった。メキシコ現地ロケで撮影してきた献立類をスタジオで再現してもらいたいとの要望である。番組は『世界は欲しいモノにあふれてる』。歌手のJUJUと俳優三浦春馬が司会を務めていて、誰もが良く知るレポートモノだった。局が一番組通してメキシコの食文化を取り上げるのは久しぶりのこと、即断で引き受ける事にした。現地へ赴いた女性ディレクターの話では、初めて口にしたChilaquiles(チラキレス)の味に感動したようで、これは外せないと、やや興奮気味に伝えてきた。後日、打ち合わせに訪れた彼女に、この料理の語源をレクチャーしていた。近代、メキシコ全土に根付いたお袋の味と称されるチラキレスは、トルティージャをトマトと少量の唐辛子で煮込むもので、チーズや鶏肉などが加えられた形が一般的である。数千年間、培われてきた食の来歴の中で、チラキレスはチレ(chile)とケリーテ(quelite)の言葉で構成されている。チレは青唐辛子、ケリーテはアカザ科の食用若葉である。古代は煮込みの中に自生の葉を加えただけの素朴なものだった。日本でも水菜や明日葉、紫蘇、三つ葉など、葉を食する風習は残っているが、メキシコはメルカード(市場)に出向くと、山積みでエパソテ(アリタソウ)、ケリーテ、アボカドの葉などが売られている。

収録当日、NHKの厨房で懐かしい出会いがあった。「きょうの料理」、「あさイチ」の出演時の調理アシスタント担当だったご婦人たちが歓声をあげて迎えてくれたのである。「先生!今日は何を作るんですか?」と口々に聞いてくるので、用意した食材を披露すると、「食べたい、食べたい!」ともう大騒ぎの様である。アボカドディップのワカモーレ、食用サボテンと豚肉をチレ・ウァヒージョのサルサで絡めた具材のタコス、トマトとチレ・ハラペーニョ入りのメキシカン・スクランブルエッグ、食用サボテンをラードで調理した付け合わせ付きの牛フィレ肉のステーキとリフライド・ビーンズ、焼き立てのトルティージャ、そして勿論、チラキレスなど、本番に向けて調理の準備を始めると、5人全員が諸手を挙げて手伝ってくれた。おかげで収録はスムーズに進み、スタジオでは司会者二人が舌鼓を打ちながら料理を口に運ぶ様子が、メキシコ料理の美味しさを充分に伝えていた。本番終了後、下がってくる残り物を待ち侘びていた厨房に「物撮りはありません」と朗報がもたらされた。撮りがなくなったので、食材が余る事態となったのである。持ち帰るのも手間だし、せっかくだからと全て調理して、皆に振る舞う結末に大喜びの婦人達。戻ってきたディレクターたちも加わり、十数人の試食が始まった。卓に並んだ数々の皿に、美味しい!美味しい!の連発である。料理人冥利に尽きる言葉の響きに包まれながらいると、彼女が「渡辺さん、チラキレス、現地より美味しい!」と一言。嬉しかった。