メキシコ料理の店 ラ・カシータ/Restaourante La Casita Cocina Mexicana

オーナーシェフのコラム

第136章

岡江さんの死

衝撃のニュースに我が耳を疑った2020年4月23日の午後である。TVは「岡江久美子さん急死」と伝えていた。まさか?、何故? 報道を耳にしながらも、俄には信じることができなかった。暫し呆然とする中、様々な思いが身体を駆け巡っていた。初めてお会いしたのは確か1980年の夏の頃だった。代官山旧山手通りの魅せに獏さんと二人で食事に来られて、帰り際「美味しいわね〜本当に」とあの素敵な笑顔で語りかけていただいたのが、まるで昨日の出来事のように印象深く心に残っている。それから毎月、獏さんと仲睦まじく来店され結婚後も来られていたが、夫婦というよりは爽やかな恋人同士という感じだった。アボカドディップのワカモーレ、チーズを包み揚げたケサディージャ、エビのニンニク炒めが大のお気に入りで、笑顔を絶やさず、お互い見つめ合いながら食事に没頭していた情景を思い出す。各界の著名な方々が何人も来られている時代だったが、岡江さんと獏さんのいつも明るく、気さくで気取らない様に、こんな芸能人がいるのかと意外に思ったのを覚えている。1987年に現在の場所に移転するお知らせも出来ぬまま、しばらく空白期があったが、思わぬことで縁が復活する機会に恵まれた。それは2000年の夏頃、TBS、朝の人気番組『はなまるマーケット』の若手シェフのランチバトルにスタッフが選ばれたのである。

わずか10分で美味しい一品を仕上げるこの企画は、当時人気を博していた、生放送の緊張感をほぐす思いで彼が選んだのは、日頃作り慣れているワカモーレ、岡江さんが大好きだったメニューである。「お久しぶりです。覚えていらっしゃいますか?今日は店のシェフをよろしくお願いします」の内容で手紙をしたため、当時、局に向かう彼に手渡していた。本番が始まった。手際よく調理を進める彼の横で、微笑みながら「昔はこの店によく行ったのよ」と懐かしむ様子は20代の自分に戻っているようだった。ボイルしたソーセージをワカモーレと共にレタスで巻いた献立は岡江さん、薬丸君、試食した全員から大絶賛の声が上がった。そしてその後、他のコーナーに番組は進行したが、エンディングの曲が流れる中、皆、余韻に浸るように「今日のワカモーレは本当に美味しかったね」と口々にそのクォリティを語ってくれた。しばらくして、早見優ちゃんを連れて店を訪れ、これとこれが美味しいのよと薦める表情には、美食を愛する先輩としての誇りが溢れていた。TV朝日の『ポカポカ地球家族』の収録時、進行役の岡江さんは合間を見ては、出演者だけで無くスタッフ達にもラ・カシータの美味しさを吹聴してくれた。本当に心根の優しい人だった。最後にお会いしたのは昨年の夏、厨房の私に「久しぶり〜!」と大声で両手を挙げて、手を振りながらの来店だった。今日は美味しいもの、いっぱい食べるからねとはしゃいでいた笑顔が忘れられない。コロナが憎い。合掌!