メキシコ料理の店 ラ・カシータ/Restaourante La Casita Cocina Mexicana

オーナーシェフのコラム

第139章

メキシコのパン事情

昭和30年代前半、小学生の頃だった。神戸三宮の洋食屋で親と共に食事をした際、注文した玉子サンドに新発見があった。それは現在ではどこでも見かける、粗微塵に切った茹で玉子をマヨネーズで和えて挟んだものだった。斬新だった。その頃の喫茶店ではマヨネーズを塗った薄切りの食パンに熱々の玉子焼きを挟むのが通例だったからである。関西のそのスタイルは今でも変わらない。推測するに、恐らくタルタルソースの調理から閃いた逆転の発想であろう。子供心に感動を覚えた記憶がある。同時にこれなら自分でも出来ると挑戦してみたら、上手くいき、機会ある毎に友人に振る舞っていた。現況、料理を生業としている自分を振り返ると、この頃から素地があったのかも知れない。明治時代、パンが普及しサンドウィッチが世間に知られるようになり、当初はハム、玉子、野菜、フルーツ等が主流だったが、段々と多様性を増し、ビーフカツ、ツナ、ポテトサラダ、コールスロー、納豆にまで至る。紡錘形の惣菜コッペパンでは焼きそばやナポリタン、ハンバーグ、コロッケなど具材も枚挙に遑が無いほどである。何でも良いというわけでは無いが、やはり日本人が誘惑される食材が如実に表れている。ここ数年、我が国ではメキシコ料理店が雨後の筍の如く出現しているが、サンドウィッチの足跡を辿れば、未来のタコスの具材の妙味が見えるはずである。

世界の国々にはそれぞれのパン事情があるが、メキシコでは庶民に親しまれているのがボリージョ(Bolillo)と呼ばれるコッペパン。学生食堂やファミリーレストランではこれを横半分に切り、バターとフリホーレス(煮豆)を塗り、チーズを載せて溶かしたモジェッテス(Molletes)が定番である。更にそれに揚げたトルティージャをトマトで煮込んだチラキレス(Chilaquiles)を載せたテコロテス(Tecolotes)や横割りにしたボリージョを油で揚げ、鶏肉や生野菜を挟んだパン・バソ(Pan Vaso)も人気がある。最も大衆に普及しているサンドウィッチの代表格はトルタ(Torta)であろう。テレラ(Telera)と名付けられた楕円形のパンに、鉄板で調理した腸詰めと玉子の炒め物、ハムと目玉焼き、ソーセージ入りのスクランブルエッグ、豚肉のパン粉焼き等の具材を挟んだものである。食感が好みなのか、驚いたことにパンの柔らかい部分を手で掻き出して挟み込む。日本だと客に叱られそうである。アボカドをスライスした果肉と、アクセントにチレ・ハラペーニョの酢漬けを載せた味わいは他に追随を許さない絶妙さがある。アレンジとしてジューシーな辛いトマトソースに漬け込んだトルタ・アオガーダは本国第2の都市、グァダラハラではあまりにも有名である。修業時代、一個40円くらいのトルタは常に空腹を満たしてくれた。